245.迫る光の祭典に
昼食を終えた後、次のコロニーへと向かうバスに揺られること三時間。
三つ目のコロニー、ミモザへと到着するころにはすっかり日が落ちていた。
「まだ夕方のはずなのに、もう夜みたいです!」
「時間の感覚が狂ってしまいそうですね。日照時間が短いせいか、一日があっという間です」
そういえば、朝も日が昇るのは遅かったっけ。今までの国とは違う不思議な感覚だ。
街灯の光に照らされた夜のデシは、朝や昼とは違ってちょっと大人な雰囲気を醸し出している。
かわいらしいお家がライトアップされる様子は幻想的でどこか儚い。
「ネクターさん! 見てください、あそこ! すっごくかわいい!」
目に付いたのは、ステンドグラスがキラキラと鮮やかに輝くランプ屋さん。こぢんまりとしたお店のわりに明るく光っているからよく目立つ。
「綺麗ですね。デシは、工芸品や美術品なんかも美しいものが多いですね」
「わぁ! これもかわいい!」
近づいていけば、小さなお花の形をしたランタンが軒先からたくさんかかっていた。光る花束を見るのは初めてだ。
「いらっしゃい」
お店の前ではしゃいでいたせいか、奥からゆっくりとした足取りでおばあさまが顔をのぞかせた。たくさんのランプの間からひょこりと顔を出すその様子は、なんだか愛らしい。
「好きに見ていってくれてかまわないよ。ゆっくりしておいき。気に入ったのがあれば、声をかけてちょうだいね」
「はい、ありがとうございます! ちょうど、このお花のランタンがかわいいって話してたんです」
「おや、二人は他の国から来たのかい?」
「えぇ。僕らはシュテープから。いろんな国を旅しておりまして」
「そうかい。そのランタンは、デシじゃ知らない人はいないからねぇ。光の祭典は、みんなそれをもって歩くんだよ」
おばあさまは近くにあったステップをのぼって「よいしょ」と一つ、ランタンを引き抜く。
思っているよりもお花の茎に当たる部分がやわらかいらしい。おばあさまが茎の部分を持つと茎はゆるやかにしなって、光っているお花の部分が下をむいた。
手の動きに合わせて、花の部分がふわふわと上下する。
「光の祭典は、夜のモントブランカで行われるからねぇ。足元を照らすために使うんだよ」
「へぇ……。どうしてこんなかわいいお花の形なんですか?」
「春の訪れを祈る祭りだからねぇ。昔から、光の祭典に参加するときは春を身に着けるのがしきたりなんだよ」
「なんだかすごく素敵です! ネクターさん、せっかくだからひとつ買っていきませんか?」
「そうしましょうか。お嬢さま、好きなものを選んでください」
私は軒先に下がるたくさんのお花を眺める。
ピンクもかわいいし、白も素敵。ブルーも綺麗だし……。
どうしようか、とひとしきり悩んで、隣にいるネクターさんへと視線を移す。
ネクターさんは、おばあさまとおしゃべりしながら、お花のランタン以外のランプを楽しそうに見つめていた。
キラキラと輝くランプに照らされて、ネクターさんが眩しい。
「……うん、決めました」
私はオレンジ色のランタンをとって、おばあさまに手渡す。
「これをひとつください」
「あら、ありがとう。二人にも素敵な春が訪れるといいわねぇ」
おばあさまはにっこりと微笑むと、奥へ戻っていく。
まるで本物の花のようにラッピングされたランタンを受け取ってお金を支払えば
「てっきり、ピンクか紫を選ばれるかと思いました」
とネクターさんには驚かれた。
まさか、ネクターさんの瞳と同じ色だから、とは言えない。ちょっぴり恥ずかしいから、曖昧に笑ってごまかす。
お花のランタンを片手に、おばあさまと別れてレストランへと向かう。
道中、ネクターさんが先ほどおばあさまから聞いたという話をしてくださった。
「もともと、デシは妖精信仰があるんだそうですよ。年中雪が積もっているような国ですから、その寒さでも咲く花を妖精が運んできたんだと信じられているんだとか」
光の祭典は、元をたどればその妖精を祀るための祭典だったらしい。それが、春の訪れをみんなで祈るお祭りに変化して、今まで続いているそうだ。
「そういえば、妖精さんは見たことがないですね。魔物ならいっぱいいるのに!」
「臆病だから、あまり人前には出てこないと聞いたことがあります」
「いつか会えたらいいですよね。どんな姿なんだろう」
「おばあさまいわく、このランタンにそっくりだと」
ネクターさんがふわふわと揺れるランタンを指さす。
私が歩くたびに、茎の部分がしなって上下左右、好き勝手に動き回る花のランタンは、なるほどたしかに妖精のようだ。
「だから、このランタンはスプリング・エフェメラルと呼ばれているそうです」
「エフェメラル?」
「妖精を表す言葉なんだそうですよ」
ネクターさんがツンとランタンのシェードをつつくと、答えるようにランプがフルフルと震える。
「ますます光の祭典が楽しみになりました! はやくモントブランカに行ってみたいな」
「焦らずとも、後二日もすれば麓に到着しますよ。山頂はものすごく寒いそうなので、もっと防寒をしっかりしていかなくてはいけませんね」
買ったコートにスノーブーツ、帽子、マフラー、耳当て、手袋。全部装備しても寒そうだ。
「そうだ! あったかい飲み物を持っていきましょう!」
「良いですね。デシのフルーツティーを買いましょうか」
寒さをしのぐ方法を考えているうちに、ネクターさんが予約してくださっていたレストランが見えてきた。
今日の夜は、シカ肉を使ったあったかいお鍋だ。
あっさりとした味わいのシカのお肉と、こってりとした醤油ベースの出汁の組み合わせがおいしいとネクターさんが力説していた。
レストランに入ると、ふわっとお出汁の良い香りが漂う。
「うわぁ……! おいしそうな匂いです!」
反射的によだれが出て来てしまいそうになるのをぐっとこらえると、代わりにおなかがクゥと音を立てた。
ネクターさんの耳に聞こえていたのか、予約の確認をすませたネクターさんが笑いをかみ殺している。
ネクターさんは、意外と分かりやすい。
「鍋料理であたたまりましょう。好きなだけ召し上がってください」
ニヤニヤと隠し切れない笑みを浮かべたまま、ネクターさんがこちらを振り返る。
「ネクターさんが笑えないくらいいっぱい食べますから!」
もう! と頬を膨らませれば、彼は何が面白いのか再び肩を揺らして笑った。




