242.小さな幸せ、マカロン
「どれにするかすっごく悩みます‼」
ショーウィンドウの前に立つこと数分。すでに注文を終えたネクターさんに見守られながら、私はマカロンを見つめる。
ネクターさんはピスタチオのマカロンとラズベリーのマカロン、それにデシでおなじみのフルーツティーを注文していたはず。
仮に半分こしてもらえるとして、ピスタチオとラズベリー以外を選ぶにしても……。
「どれも食べたいです! それに見た目もそれぞれ違ってかわいいし、選べません……。全部は食べられないし……」
「全部⁉ 数十種類はありますよ⁉」
さすがのネクターさんも、まさか私が全部食べるつもりだったことには驚いたようだ。
それもそのはず。ショーウィンドウの端から端まで数えた結果、マカロンの種類は二十一種類。
毎日通っても飽きることはない数を、一日で食べようなんて考える人は少ないと思う。
「胃袋が無限にほしいです‼」
「お気持ちは分かりますが……」
さすがに見兼ねたのだろう。苦笑したネクターさんは少し考えて「そうだ」と指を立てた。
「では、こうしてはいかがでしょう。味の系統やジャンルでいくつか分類し、その中から代表的なものを選ぶんです」
「ジャンルで分類?」
「例えば、甘いものとさっぱりしたもので分けたり、定番のものと変わり種、季節のもので分けたりするんです。分けたものから食べたいものや代表的なものを選べば、少ない数でも楽しめるのでは?」
「なるほど! それは名案です! さすがはネクターさん! えっと、それじゃあ……定番のものとか変わり種とか、そういうジャンルで分けてみます!」
「そうですね、一緒に考えましょうか」
三つくらいなら食べられるだろう、とまずは注文する数を決め、それに合わせてジャンルを分ける。
ネクターさんと相談しながら、二十一種類を王道マカロン、レアマカロン、季節限定マカロンの三つに分類したら……。
「決まりました!」
ようやく私の注文も決まった。
まずはお店の定番、プレーンタイプ。バニラ味のマカロンだ。
それから、あまり見かけることのないライチとローズのクリームが入ったマカロン。
季節限定のマカロンには、パイナップルのものを選んだ。
ネクターさんと同じくフルーツティーもレジで注文して、空いている席に座る。
今からどんなふうに盛り付けられてくるのか楽しみ!
「そういえば、ネクターさんはお菓子も作れるんですか?」
スイーツコンテストに出場すると意気込んだは良いものの、ネクターさんがお菓子作りをしているイメージはない。
だが、私の質問に、ネクターさんはコクリとうなずいた。
「えぇ。専門ではありませんが、基本は料理と同じ要領ですから」
「ほぇぇ……! 料理長ってなんでも出来るんですね!」
「料理人はみんなそんなものですよ。ただ、テオブロマで雇っていただいていたころは、食後のデザート以外、作る回数はそう多くはありませんでしたね。ティータイムのお菓子などは、奥さまが貿易で仕入れたものを使うことが多かったですし」
ネクターさんは「だから」と目を伏せる。
「正直、コンテストに出場するのは、少し不安なのです。もちろん、精一杯の努力はするつもりですが……。お嬢さまにとってもせっかくの晴れ舞台ですから、頑張らなくては」
まるで自分に言い聞かせるような口ぶりに、思わずテーブルの上で組まれていた彼の手を取った。
「大丈夫です! これからデシでたくさんおいしいお菓子を食べて研究しましょう! これでも私、舌が良くて、センスがあるみたいなので!」
冗談めかして励ませば、ネクターさんもようやく笑ってくださった。
「失礼いたします。マカロンとティーセットをお持ちいたしました」
私たちの間に、コホン、と軽く咳払いが落ちる。私たちが慌てて手を離すと、店員さんがにこりと微笑んでポットをテーブルの真ん中へ置いた。
「本日のフルーツティーのフレーバーは、アップルとマンゴーになっております。お好みでこちらのハチミツをお使いください」
ガラスのポットには、フルーツティーが並々と注がれている。中には丸くくり抜かれたアップルとマンゴーが入っていて見た目もかわいい。
続いて、私たちの目の前にマカロンが盛り付けられたお皿が並べられた。
偶然にも綺麗な色の組み合わせになったそれらは、カラフルにテーブルの上を飾る。
「うわぁ! 素敵です! すっごくかわいい! はやく食べましょう!」
二人でマカロン同士をくっつけて乾杯の代わりにする。
ネクターさんはピスタチオ、私はバニラから。
お互いに一口かじりついて顔を見合わせた。
「おいしいっ!」
「思っていたよりも生地がサクサクですね。もっとしっとりしているのかと思いましたが、中のクリームと食感の対比が面白いです」
サクサクながらも、くしゅっと口の中ではじけるようなメレンゲ生地。
間に挟みこまれたなめらかなクリームは濃厚で、控えめな甘さとバニラの香りがふわっと広がっていく。
「すごく食べやすいです! 甘すぎないから、あんまり重たい感じもしないし。幸せ……」
特に中のクリームが絶品だ。まるでバニラアイスを食べているかのような優しいミルクの味わいとバニラの上品な香りが、クリームの舌触りと相まって丸ごと包み込んでくれるような感覚に陥る。
「ピスタチオもください!」
「直接かじってしまいましたが……」
「大丈夫です! あ、バニラと交換しましょう! こっちもすごくおいしいので!」
ネクターさんの手から奪い取るようにピスタチオを口に放り込めば、バニラとは違った穀物の香ばしい甘さが口いっぱいに広がった。
「んん! ピスタチオもおいしい! 香ばしさが生地のサクサク感とあってるし……クリームに入っているピスタチオの欠片がカリカリで楽しいです!」
マカロンといえどそれぞれ個性があるらしい。味を活かした食感やクリームの構成になっていて、他の味も試してみたくなる仕掛けになっている。
フルーツティーで軽く口直しをしたら、今度はライチとローズの変わり種マカロンに手が伸びる。
食べやすい大きさだから、いくつも食べることが出来てしまいそうなところも恐ろしい。
「マカロン、恐るべしです……!」
私が神妙な面持ちで呟くと、ラズベリーを半分ほど食べ終えたネクターさんが
「お嬢さまの食い意地の方が恐ろしいです」
と小さく呟いた気がした。