241.かわいいショッピングモールで
「うわぁ! ネクターさん見てください! メリーゴーランドがありますよ‼」
「お嬢さま、走っては危ないですよ」
入国手続きを終え、ホテルのチェックインも済ませた私たちは、併設されているショッピングモールへと向かった。
巨大アミューズメント施設よろしく、様々なお店や遊び場、広場があって、カラフルでかわいい施設内に自然とテンションが上がる。
以前もデシの国には家族旅行で来たことがあるけれど、その時はまだ小さかったし、あまり記憶には残っていないところも多いのだ。
今回はめいっぱい楽しむぞ!
「……ハッ! お嬢さま、あちらの時計がすごいですよ! 日付や曜日も分かりますし、何よりほら! 天気に気温まで分かります!」
走るなと言っていたネクターさんが、嬉しそうに天井から吊り下げられた大きな時計に駆け寄っていく。
「うわぁ……! 気球みたいでかわいいし綺麗! でも、あれでどうやってお天気とか気温が分かるんですか?」
日付や曜日、時刻は気球のゴンドラ部分にあたる場所に表示されているから分かる。でも、ネクターさんが言うお天気も気温も、私にはどこにあるのか見当たらない。
「気球のバルーン部分が、上下二つに分かれているでしょう? あの上が天気を、下が気温を表すんです」
「え⁉ あれっておしゃれなオブジェじゃないんですか⁉」
ガラス張りになっているバルーン部の上側は、真っ白な結晶に覆われた水槽になっている。対して下側は、コインを吊り下げたカラフルなガラス玉が浮いている水槽だ。
とてもお天気や気温を表しているようには思えない。
「上のガラス水槽はストームグラス、下はサーモスコープと呼ばれるものですね。どちらも、化学や物理の原理を応用して古くから使われているものです。最近は魔法や科学の発展で見る機会も減ってしまいましたが……まさかこんな形で飾られているとは!」
機械マニアなネクターさんにはたまらないものなのだろう。珍しく私に「フォトジェです!」と宣言してきた。
せっかくだから、嬉しそうなネクターさんを時計と一緒にこっそり撮っておく。
「それにしても、本当にカフェやスイーツショップが多いですね!」
「えぇ、土産屋も兼ねているのでしょうが……さすがはデシですね。正直、ここまで多いとは思いませんでした」
それぞれの特色を活かした様々なスイーツショップが乱立していて、ショーウィンドウには綺麗なケーキやかわいらしいキャンディなどが所せましと並んでいる。
「お洋服を買ったら、どこかで休憩にしませんか? せっかくデシに来たんだし、おいしいスイーツが食べたいです!」
「そうですね。お嬢さま、ディナーもありますから、食べ過ぎないようにだけ気を付けてくださいよ」
「分かってます! 任せてください!」
お店はいくらでもある。混雑することはないだろう。
それに、ディナーだってホテルのバイキングだ。万が一、お菓子を食べ過ぎても調整がきく。うん、問題ないね!
「……お嬢さま、よからぬことを考えておりませんか?」
「ひょわっ⁉ そそそ、そんなことは!」
「はぁ……冗談ですよ。夜はバイキングですし、ご無理だけはなさらずに」
何もかもを見透かしたような目で、ネクターさんがこちらを見つめる。分かった上で許可してくださったと捉えるべきなんだろう。
もうずいぶんと長い時間を過ごしてきたし、お互い勝手知ったる仲だ。
それでも、この話題はここでおしまいにしようと私は慌てて近くのお店を指さした。
「あ! あそこのお洋服屋さんがかわいいです! 見に行っても良いですか?」
「もちろんです。行ってみましょう」
これからの移動を考えれば、防寒具は必須。お洋服をゲットするのが今日一番の目的だから、ネクターさんも異論はないようだ。
ただ、デシの国のお洋服はどれもシュテープよりリボンやフリルといった装飾が多いせいか、ズパルメンティの時ほど積極的ではない。
「意外とシンプルなものもあって助かります。コートを着れば、中は見えませんし……」
「え! もったいないですよ! ネクターさんは何でも似合うんですから!」
「この旅で、いろんな服を着てきましたが、これだけはやはり慣れませんね」
ネクターさんは苦笑しながらお洋服を選んで試着室へと向かう。
かくいう私もネクターさんをお待たせするわけにはいかない、といくつか好みのお洋服を選んだ。
首元や手首にふわふわのファーがついたコートや、フリルがたくさんついたロングスカートのワンピース。
耳当てや手袋も一式そろえて、寒さに備えたもこもこファッションが完成だ。
「ネクターさん! 見てください! お洋服がすっごくかわいいです!」
試着室から出てくるりと一回転して見せれば、すでに買い物を終えたのか、紙袋を提げたネクターさんが「おや」と私を上から下まで見つめる。
「どこのご令嬢かと思いました。よくお似合いですね。お嬢さまは本当に何でもよく着こなされる」
ネクターさんの評価は上々。麗しいイケメンな笑みでそんな風に言われては、購入以外の選択肢はない。
ついでに店員さんからおすすめされたスノーブーツも買って、無事に目的は達成だ。
ネクターさんのデシファッションを見ることは出来なかったけれど、こちらは明日以降の楽しみにとっておく。
ネクターさんは、コートを着れば中が見えないから、と言っていたけれど、温室ドームになっているコロニー内では気温も管理されているし、コートを着る必要もない。
ふっふっふ……ネクターさん、詰めの甘いやつめ。
「お嬢さま、また何かよろしくないことをお考えでは?」
何を察したか、ネクターさんがこちらをびくりと振り返ったので、今度こそポーカーフェイスを取り繕ろう。スンとした真顔で「いいえ」と答えれば、ネクターさんから「余計に怖いです」と怪訝な顔をされた。失礼な。
「それよりも! 休憩にしましょう! スイーツが食べたいです!」
「また話題を変えて……」
ネクターさんは苦笑しつつも、それ以上詮索するつもりはないのか「行きましょう」と歩き出す。
いくつかカフェやスイーツショップを見て回り、私たちが二人して足を止めたのはマカロンの専門店だった。
「これなら、食べ過ぎることもないでしょうし、ちょうど良いのではないでしょうか」
「はい! 見た目もすっごくかわいいし! シュテープじゃあんまり食べることもなかったから楽しみです!」
二人でかわいらしい店内に入ると、早速ショーウィンドウの美しい色合いが私たちの目をひいた。