240.最後の二人旅開始!
「ようこそ! 花の都、デシへ!」
船を下りた瞬間、私たちの前でパチンパチンとかわいらしい花火が弾けた。
大型旅客船を出迎えたデシのクルーの人たちが、乗客に小さなお花のシールを手渡していく。記念品らしい。
「まずは、まっすぐ行った先に見える建物で入国手続きをお願いいたします。お二人とも、どうぞデシの国をお楽しみください!」
「ありがとうございます!」
早速もらったお花のシールをペタリとカバンにつければ、ネクターさんも私を真似するようにクレアさんが作ったカバンに貼り付けていた。
これだけで旅の思い出になるんだから素敵な贈り物だ。
「素敵な歓迎ですね」
「はい! 紅楼国の楽器を演奏していた人たちも素敵でしたけど、デシはやっぱり雰囲気もかわいいですし!」
入国手続きをするための建物までは、ずっと長い石畳の道が続いていて、その両サイドには花壇が並んでいる。
色とりどりの花、手入れの行き届いた芝生。とても冬とは思えない景色だ。
「ここを出る前に、服を調達しなくてはいけませんね。コロニーを抜けたら外は雪景色ですよ」
「海の上でも途中から雨が雪になってましたもんねぇ。しばらく暑いところにいたから、余計に寒く感じそう!」
遠くに見える門を一歩出ると、外はきっと一面真っ白だ。
デシは一年のほとんどを雪に覆われている。今はピークを越えているというけれど、おそらくシュテープの冬とは比べ物にならない寒さだろう。
「今日はここで一泊するんですよね?」
「えぇ。明日からはモントブランカへと向かって、少しずつコロニーを移動していきましょう」
「はい! よろしくお願いします!」
ネクターさんと一緒に、デシへと向かう船の中でたてた計画は三つ。
一つ目は、デシの国にある唯一の山モントブランカに登り、光の祭典に参加すること。
残る二つは、シュガーローズコンテストに参加することとスイーツコンテストに出場すること。
それだけだ。
雪に覆われたデシの国を移動するのは難しい。ただでさえ移動手段が限られるのに、とにかく日が短いのだ。日が落ちれば一層寒く、雪が深くなる。
安全に移動するためには、日の高いうちに透明なドームに覆われた街、通称コロニー間を少しずつ移動する以外に方法がなく、旅の間で出来ることは限られる。
もちろん、日の高いうちにコロニー間を移動出来なければ、私たちに待っているのは――死だ。
「……お嬢さま? どうかされましたか?」
「ハッ! いえ! 凍死だけはしないように気を付けないと、と思って!」
「それは……あまり、考えたくはありませんね。とにかく、移動だけは早い時間帯にしてしまいましょう。中にさえ入ってしまえば、人工星のおかげで快適ですから」
「本当にすごいですよねぇ。ドームの中は、温度も湿度も管理されてるんですよね⁉」
「だからこそ、多くの花が育ち、綺麗な街並みが整備されているのでしょう」
「お家とかも統一感がありますもんねぇ。絵本の中にいるみたいです。どこもすっごくかわいいし!」
入国手続きの建物はもちろん、その先に広がっている家々はどれも淡いパステルカラーの色彩で統一されている。
ガラス張りの建物も多く、全体的に透明感があって、見た目もおしゃれだ。
「さ、まずは入国手続きをすませましょう。不法侵入になってはいけませんから」
ズパルメンティでのことを思い出したのか、ネクターさんが冗談交じりに肩をすくめる。
目の前に見えている大きな建物は、ところどころに真珠をちりばめたような淡いピンクのガラスが壁に埋め込まれている。
ガラス張りの入り口から中の様子が見えて、大きな花瓶にたくさんのお花が生けられているのが見えた。
「ズパルメンティの区役所も綺麗でしたけど、デシの国の建物も素敵です!」
「お嬢さまによくお似合いですよ」
「ふふ、昔、ネクターさんが私はデシが好きそうだっておっしゃってたのを思い出しました!」
「そうですね、見た目の感じがかわ……いえ、優し気な雰囲気がありますし!」
ネクターさんは「んんっ!」とわざとらしく咳ばらいをして、早速建物の中へと入っていく。
私も置いて行かれないように、少し早足になったネクターさんを追いかけた。
建物内に入ると、吹き抜けの高い天井に大きなシャンデリアが下がっている。
「すごぉい! 舞踏会みたい!」
そこら中に置かれたお花や、飾られたガラス製のピアノがさらにその雰囲気を引き立てている。
「入国手続きだけじゃなくて、お買い物が出来たり、遊んだり……あ、ホテルもついてるみたいです!」
薄いガラス板に投影されたマップを確認して、建物の広さに改めて驚いた。
「デシはここにしか港がありませんし、観光客にはうってつけですね」
「あ、そっか! みんな絶対にここを通るんですもんね。なるほど、そういう場所にいろんなものをまとめておくのは便利です!」
シュテープだとギルドと呼ばれる専門店が多いから、こういう発想はあまりなかった。
同じ場所にお店を立てれば競合するし、差別化を図るために専門店が増える一方だ。
街から街への移動が大変なデシだからこそ、こうした発想が生まれるのだろう。
「料理に関しても、デシは一つのプレートにたくさんの種類のものを少しずつのせて、彩りよく見せるのですが……。こうした考え方も文化の一つなのかもしれませんね」
「ほんとだ! すごいです、早速勉強になります!」
さすがはネクターさん。
言われて、私も紅楼国で香炉宮に行った時のことを思い出した。
「ネクターさん! 最後までよろしくお願いします!」
改めて挨拶すれば、ネクターさんはにっこりと微笑んでうなずく。
「えぇ。良い思い出を作りましょう。コンテストもありますしね」
「はい! 絶対優勝しましょう!」
ネクターさんにとっては、味覚を失ってから初めてのコンテストだ。
スイーツコンテストではあるものの、ついに料理と向き合う覚悟が出来たらしい。
旅を終えても、このままでは胸を張って帰れない、とネクターさんなりにけじめをつけるためだそうだ。
花の都であり、スイーツの国、デシ。
私たちの最後の旅が、今、幕を開けた。