239.幕間・再会した人たちのある日
今回は幕間。
ズパルメンティを去った後、フランたちを見守ってくださった方々から相変わらず家族への報告が入ったようですが……?
「もう! 連絡くらいしてくれたっていいじゃないですか!」
子供のように頬を膨らませた妻を「まぁまぁ」とテオブロマ家当主がたしなめる。
画面の向こうには懐かしい顔ぶれが並んでいる。久しぶりの再会だ。
当主の目には、ウェスタが苦笑している横でスメラとフィーロがアイコンタクトをとっている様子が見えた。どうやら首謀者はこの二人らしい。
「それにしても、偶然は重なるものだねぇ。ミス・スメラ、これも貴殿の魔法かな」
確かめるようにスメラを指名すれば、彼女は画面の向こうで肩をすくめる。
「あら、魔法だなんて。フィーロがたまたま腕の良い医者を紹介しただけのことですわ」
「ネクターが紹介してほしいと言ってきたからな」
フィーロとスメラ、二人の魔法使いから笑みを向けられ、テオブロマ家当主とその妻は
「「まったく」」
と声を重ねる。
今まで旅路を見守ってきた彼らといえど、前料理長、ウェスタ・フォロと自分たちの最愛の娘、そしてネクターが出会うとは思ってもみなかった。
ウェスタがズパルメンティで医者として働いていることは知っていたものの、特に最近は仕事を片付けることに精一杯で、最低限の根回し以外は出来なかったのだ。
そんな中、見守りを頼んでいた魔法使い二人の機転が功を奏し、事態は想像していた以上に好転しているらしい。
「報酬に色をつけなくちゃいけないわね。本当に二人とも、よくやってくださったわ」
グッジョブ!
テオブロマ家当主の妻――フランの母親が親指を立てると、フィーロとスメラはそれぞれ笑みを浮かべる。
「報酬はいらない。あの二人を見ているのは、面白かったから」
「そうですわ。私が作った魔法のカバンも大事に使ってくださっているようですし、それだけで魔法使い冥利に尽きますもの」
二人が本心から言ってくれていると察したフランの母親は「ありがとう」と一言お礼を言うにとどめた。
それに、彼女には他に言うべきことがある。
「フォロさん、話は終わっていませんよ! どうして教えてくださらなかったのですか!」
尊敬する前料理長ウェスタ・フォロが、娘とネクターと共に料理を作っただなんて。
ウェスタの料理にほれ込んで、彼を料理長に雇った彼女としてはなんとも悔しい話だ。
「フランにお料理まで教えてくださったそうですね、本当にありがとうございます! ですが! 知っていれば、私だって飛んでいきました!」
「……そうおっしゃると思って、内緒にしていたんですがね」
ウェスタが苦笑すると、「意地悪だわ!」と再び子供のようにフランの母親は頬を膨らませる。
フランの前ではずいぶんと落ち着いていてしっかりとした母親であるはずなのに、料理のこととなるとまるでフランのようだ、と隣で妻を見守るフランの父親は笑った。
「それにしても、フォロくんもずいぶんと元気そうで良かったよ」
世話になった前料理長への助け舟に、とフランの父親が口をはさむと、それを察したウェスタも小さく頭を下げる。
「おかげさまで、のんびりと余生を楽しませていただいておりますよ」
「アンブロシアくんはどうだったかね」
「彼が味覚を失ったと聞いたときは正直驚きましたが……最後には、ずいぶんと回復しているように見えました」
「……彼の、絶対味覚は戻ると思うかい」
「正直、難しいかと。ですが、絶対味覚に近い状態までは回復の見込みもあります」
「……そう、ですか」
ウェスタと夫の話を聞いていた妻も、先ほどまでの威勢はどこへやら。肩を落として、画面を切り替えると、娘から送られてきた写真を見つめる。ネクターの表情を見ながら、
「それでも、戻ってきてくれたら嬉しいわね。彼の料理も大好きなの」
独り言のようにポツリと本音をこぼす。
ネクターが絶対味覚を失ったことにも気づいていたし、彼がそれを隠し、様々な思いを背負ってきたことは分かっていた。
テオブロマ家当主として、二人も苦渋の決断だったのだ。
彼が屋敷を出て行った後、フランとの旅を放棄し、二度と帰ってこなくなる可能性もあった。
仮に旅を続けたとしても、味覚が戻る確証も、彼が料理長に戻りたいと思う保証もない。
そんな中で、一縷の望みにかけたのだ。
旅を通じ、フランと共に彼も成長して、苦しみを乗り越えることを。二人でなら、分かち合えるものがあると感じることを。
いささか強引な通告ではあったものの、あれくらいでなければ、ネクターに長期の休暇を与えることは難しかっただろう。
彼は真面目すぎる。料理長として、休みはおろか、睡眠時間でさえ削ってレシピを考えている日もあったくらいだ。
世話になったテオブロマ家当主二人の苦悩に、ウェスタが答える。
「料理長に戻りたいと言っていましたよ。今の料理長は僕だ、とはっきり宣言されてしまいました」
画面越しでも二人の心を落ち着かせるだけの力がある穏やかな声だった。
ネクターを最もよく知る前料理長の言うことならば、説得力だってある。
「フォロくんにそう言ってもらえると嬉しいよ。僕らも信じて待っていられる」
「光栄です」
「……水を差すようで悪いが、それよりも、二人が戻ってきてからのことを考えた方が良いんじゃないか」
口をはさんだのはフィーロだ。彼女の発言に、フランの母親が首をかしげる。
「あら、フィーロ。それは言わない約束でしょう?」
スメラまでニタニタと嬉しそうにするものだから、フランの母親だけでなく、父親も気になってしまうというもので。
「どういうことだい?」
続きを促せば、フィーロが珍しく口角を上げて意地悪な笑みを浮かべる。
「あの二人、まるで夫婦みたいだ。戻ってきてすぐにでも、結婚式をあげるって言いだしそうなくらいにな」
「なっ⁉」
「えっ⁉」
「あらあら、言っちゃった」
「まあ、否定はできませんしね……。僕も驚きましたよ」
「本当のことだろう? 別に悪いことでもない」
衝撃の事実に固まったままのテオブロマ家当主二人を置いて、ズパルメンティの三人は盛り上がる。
テオブロマ家当主二人が再び意識を取り戻し、執事長とメイド長が同時に部屋へと飛び込んでくるほどの大声を上げたのは、それから数十秒が経過してからのことだった。