235.ケルピーとロア、その味は(2)
「お待たせしました。ケルピーのステーキ、ロアの蒲焼きと白焼きです」
ネクターさんが持ってきてくださったのは、なんと大きなプレートに乗ったお肉とお魚の山!
「ふわぁぁ! おいしそう……!」
良い香りに自然とよだれが垂れてきて、私は慌てて口元を拭う。
ケルピーの真っ白なお肉は、ミディアムレアの焼き加減。切られた断面は、お刺身よろしく半透明になっていて、その見た目がまたなんともいえない美しさだ。
ちょっとお菓子みたいにも見える。
ロアの方は、こんがりと焼きあがった蒲焼きと、しっかり焼き目のついた純白な身がそれぞれ鮮やかなコントラストで綺麗に並べられている。
どちらも表面に脂が滲んでいて、テラテラと輝く様がまぶしい。
それに……。
「この匂い……! 炭火の香りがすごいです! それに、燻製みたいな香りも……!」
食欲をかき立てる独特な香りが風で運ばれてくる。
「よくお気づきですね。こちらのロアの白焼きは少し燻製をしてみました。ロアは気を付けないと生臭くなってしまうんです。おそらく、ロアの好みが分かれるのもそのせいかと。今回はおいしく召し上がっていただくために、わざと香りづけをしてみました」
ネクターさんはテーブルの上にプレートを乗せると再び席につく。
今すぐこのお肉やお魚たちに飛びつきたいところだけど!
「まずは、お寿司からですね!」
忘れちゃいけない、ずっと我慢していたロアのお寿司が先だ。
「フォンダーレ・マリーノで、クリームチーズにサーモンを巻いたお料理があったのを覚えていらっしゃいますか? あれをヒントに巻き寿司を作ってみたんですが……」
「……ん!」
ネクターさんの解説を聞きながら、一口サイズのお寿司を口に放り込めば――
「甘じょっぱくておいしい……! それに、このロアの脂身がすごく……! 濃厚な味で、ご飯にもぴったりです!」
ロアの脂と、それに絡みついた甘めのタレが口いっぱいに広がった。
「味付けは濃くありませんか?」
「ご飯があるからちょうど良いです! すっごくおいしい!」
トロトロなロアの身の食感も好きだし、ウナギやアナゴとはまた一味違ったおいしさだ。
「ケルピーのステーキも食べていいですか⁉ ロアの蒲焼きと白焼きも!」
「えぇ、もちろんです」
すでにお皿いっぱいに肉汁が溢れているケルピーのステーキにフォークを差し込む。
肉厚な断面から、じゅわぁっと透明な肉汁がさらに出て来て、キラキラと輝く半透明な身は艶やかだ。
「いきますっ!」
勢いよくケルピーのお肉を口へ運ぶ。
噛んだ瞬間、塩気と旨味がガツンと広がって私は思わず目を見開いた。
「これは……!」
「これは……?」
「ナーヴィの出番待ったなしです!」
ぐびっとナーヴィを飲み干してなお、お肉の大味が残っている。余韻がどこまでも体中を駆け巡り、強烈な左ストレートをまともに受けたみたいな衝撃がじんじんと心を打つ。
「参りました」
盛大に頭を下げると、ネクターさんの笑い声が頭上から聞こえる。
「お嬢さま、降参にはまだ早いですよ。ロアもお召し上がりいただかないと」
顔を上げれば、いつもよりも意地悪そうに笑うネクターさんと目が合った。その瞳には、冗談と本気が半分ずつ混ざっている気がする。
「ネクターさんが楽しそうで、ずるいです! どうせ味見したんでしょう!」
「少しだけですよ。ロアは好き嫌いが分かれると聞いておりましたから、いくつか部位を試食してみました」
「やっぱり、おいしくないところもあったんですか?」
「まぁ……そうですね、少し。調理次第ではどうとでもなりそうでしたが、今回は特においしい部分を召し上がっていただきたかったので」
くそぅっ! イケメンめ! そんな風に笑われては断れないじゃないか!
いや、笑顔じゃなくてもロアの蒲焼きと白焼きは絶対に食べてたけど!
私は「それじゃあ」とまずは蒲焼きに手を伸ばす。蒲焼きの見た目は、ウナギやアナゴにもよく似ているし、香りもそれに近い。
違いと言えば、身の厚みだろうか。ロアの身はとにかく分厚くて、どこかプルプルとしている。
そっと口元へ運んで、ゆっくりと大きな身をかじる。
「……ん!」
かじったところから、パタパタッと脂が垂れたのが分かった。
噛むと、脂身特有のプルンとした食感と甘み、タレの濃厚な旨味が合わさって鼻を抜ける。
「おいしいっ! うわぁぁ、これはおいしいです! あっ! しかも、これ、脂身の奥にふわふわの白身がある! すごい! 二層構造ですね⁉」
そう。分厚い脂身が溶けるようになくなったかと思えば、ふわっとした白身が現れて、最後に淡泊な味が後味をくどくなくまとめあげたのだ。
「いかがですか?」
「最高です! ウナギとかアナゴより好きかも!」
「それは良かったです。ロアはウナギやアナゴに比べて脂身が多いので、ナーヴィにもよく合いますし、甘いタレとも相性が良さそうだったので試してみたんです」
ネクターさんも言いながら、一口。ロアの蒲焼きを放り込んで、満足げにうなずく。どうやら納得の出来だったようだ。
「白焼きもどうぞ」
「はい!」
勧められるままに、白焼きへも手を伸ばす。くん、と匂いを嗅げば、くすぶった、でも品のある香りが鼻に抜けてくる。
白焼きの方は白身が主で、ふわふわとした身を噛めば、控えめな脂が表面に滲む。
「はふっ! こっちも、おいしい……! 上品ですね⁉ 燻製の香ばしさと、白身の素朴な優しい味がすごくよく合ってます!」
ケルピーの時もそうだけど、ロアもずいぶんと部位によって食感や味の印象が変わる。
まったく別のお魚を食べているみたいだ!
「どっちもおいしいです! ケルピーもあるし、本当にいろんな味が楽しめて最高の晩ご飯です! やっぱり降参です!」
私が再びエア白旗振りをすれば、ネクターさんは声を上げて笑う。
「よろこんでいただけて良かったです。ご飯も残っておりますし、ナーヴィもまだありますから、必要でしたらお持ちしますが」
「そんなこと言われたら無限に食べられそうです! 太ったらどうするんですか」
ネクターさんにじとりと視線を送れば、彼はまた笑い声をあげ
「コロコロとしているお嬢さまもかわいらしいかと」
冗談だか本気だか分からないようなトーンで私を褒める。
「かわいい……?」
私が思わずその言葉を聞き返せば、ネクターさんは我に返ったのか耳まで赤く染めて、「なんでもありません!」と私から視線を外した。




