229.ケルピー捕獲大作戦!(2)
立っているだけでもギリギリな状態だというのに、看板娘さんをはじめとする船員さんたちはみんな「うぉぉぉお!」だとか「きぇぇええ!」だとか、そんな奇声をあげながら、四方八方からガラス瓶を海に投げ入れている。
だが、船の揺れはおさまらない。
「さすがはケルピーちゃんねえ! 豪快なダンスもス・テ・キ」
語尾にハートマークが見えるような気がするけれど、看板娘さんの表情は捕食者のそれだ。
「お嬢さま、大丈夫ですか⁉」
「なんとか! でも、どうしてこんなに……船がっ!」
「おそらく、ケルピーが体当たりを繰り返しているのでしょう。それも、数頭いるようです」
「大当たりよん! おふたりさん、しっかり働いてちょうだいねん! 次の合図で、そのガラス瓶を放り投げてちょうだい!」
看板娘さんは、バチンとウィンクを一つ投げたかと思うと
「全員準備はいいかしらん!」
と声を張り上げて船員さんたちを呼ぶ。
「ケルピーちゃんとダイスタイムよん! 捕獲した人にはケルピーちゃんを一頭プレゼントしちゃうわん! はりきってちょうだいねん!」
「うぉぉおおお!」
「ケルピー一頭⁉ それはゲットしなきゃ!」
「お嬢さま、ご無理はなさらず……」
「いえ! ネクターさん、頑張りましょう! まずはケルピーゲットです!」
「いいわねん! そこのおふたりさんも頑張ってちょうだい!」
――それじゃあ、いくわよ。
看板娘さんは舌なめずりすると、優雅な足取りで操縦室へと戻って舵をとる。
「全員、かかれぇええええ!」
船に取り付けられた拡声器から看板娘さんの声が聞こえた瞬間、船体が大きく旋回した。
船員さんたちの怒声と共に、ガラス瓶が一斉に海へと放り投げられる!
「うぉぁぁああっ⁉」
「お嬢さま‼」
傾く船。動く視界。勝手に海へと引きずられる体。エンジンが激しく回転する音が耳を貫き、波を裂く。
……このままじゃ船から落ちちゃうっ!
伸びてきた手を掴むと、ネクターさんの腕の中になんとか戻ってくることが出来た。
ネクターさん、ごめんなさい!
ケルピーをゲットするなんて意気込んだけど、正直、今にも海に落とされそうです!
船員さんたちが投げるガラス瓶を物ともせず縦横無尽に動くケルピーと、それをかわすように走る船。
まるで先ほどまでとは全く別の乗り物みたいだ。
「……くっ! 本当に踊ってるみたいですね……!」
私を抱きかかえて船に掴まってくださっているネクターさんが苦し気に声を出す。ネクターさんは身を挺して私を守ってくださっているのだ。
私がやらなくちゃ!
海面へと視線をやれば、透明な糸がクモの巣みたいに広がっている。ケルピーたちの動きも次第に制限されているようだ。すでに捕縛されたものもいるのだろう。船の揺れもおさまりつつあって、ガラス瓶くらいなら投げられそうだった。
海と同じ色をしたケルピーの体は波と海面に張られた糸によって見えづらい。
けれど……見えた! 船体のすぐそばを横切る波は、ケルピーによって引き起こされたものだ!
「お嬢さま! 今です!」
ネクターさんの声が耳元ではっきりと聞こえた。
「投げて!」
反射的に握っていたガラス瓶を海へ向かって投げる。
「いけぇぇぇえええ!」
船員さんたちと一緒になって大声を出す。
ガラス瓶が着水し――
バッと花が開くようにガラスがはじけて、中から透明な網が宙へ開く。
訪れるのは一瞬の静寂。
船を襲っていた揺れが消え、すべてが静止した。
凪ぐ海を一羽の海鳥が渡る。
「やったわねん! あなたたちの愛が、ケルピーちゃんのハートをゲットしたわよん! というわけで、ラスト一匹は、今日最高にホットなお二人にプレゼントよん‼」
拡声器からのお祝いの声。ピューッ! と鳴らされた口笛に、拍手、歓声。
お疲れ様、と互いをねぎらう声も聞こえ、私とネクターさんはようやく状況を理解する。
「……つかまえ、た?」
「お嬢さまの投げた魔法弾が……最後のケルピーを捕まえた、のでしょうね……」
「よっ! おふたりさん、ナイスコンビプレーだったぜ!」
「熱いねぇ! まさかお嬢ちゃんが捕まえるとは! 彼氏だけじゃなく、ケルピーまでゲットってかぁ!」
「……え?」
「……っ!」
私とネクターさんが目を合わせたのは同時。
その距離は、互いの唇が触れてしまいそうなほど近く、無意識のうちに息が止まった。
腰にしっかりとまわされたネクターさんの腕。私はその中にいて。
「ごめんなさい!」
「申し訳ありません!」
飛びのくようにお互い身を離せば、船員さんたちからまたからかうような声が聞こえる。
さっきまでは船の揺れもすごかったし、ケルピーを捕まえなくちゃいけないって思いでいっぱいだったから、自分たちの体勢なんて考えてもみなかった。
顔が真っ赤になっていくのが分かる。
ネクターさんには助けてくださったお礼を言わなくちゃいけないのに、まともに顔が見れない!
「ふたりともやるわねん……って、あら? あらあらあらぁ!」
後ろから看板娘さんの声が聞こえて、何か返事をしなくちゃと思うのに、振り返ったらネクターさんと目が合いそうだ。
どうしよう、と考えていると、看板娘さんが私を覗き込んで
「かわいいこと!」
と無理やりに私を抱きしめる。
「ちょっと⁉」
私が驚くよりも先にネクターさんの驚いた声が聞こえる。
「お嬢さまから離れてください!」
抗議の声と共に手が伸びてくる。ネクターさんの手だ。
そのまま私はぐいと後ろから抱きしめられるように看板娘さんから引きはがされた。
「ふふ、ヴィクトリーよ、お嬢ちゃん! 本当にかわいいんだから! 他の人に盗られたくなければ、あなたもしっかり捕まえておくことねん! かわいい坊や」
私を離して、ネクターさんにウィンクを送る看板娘さんは、嬉しそうに船員たちの方へと歩いていく。
私とネクターさんが気まずくならないように気遣ってくださったのかも。
看板娘さんのおかげで私たちはまた自然と目を合わせることが出来た。
「さ、休んでる暇はないわよん! 次はロアちゃんを捕まえにいきましょ!」
パンパンと鳴らされた手に、私とネクターさんは苦笑する。
「次も頑張りましょう!」
先ほどのことを振り切るように私が大きな声を出せば、ネクターさんも力強くうなずいた。