228.ケルピー捕獲大作戦!(1)
「二人ともん! これを着てちょうだいねん」
軽い朝食と共に渡されたのは真っピンクのライフジャケット。よく見ると、スパンコールやらスワロフスキーやらでデコレーションまでされている。看板娘さんお手製だろうか?
「あら! 良く似合ってるわよん! さ、それじゃ出発しましょ!」
看板娘さんが指さしたのは、これまたピンクの船だった。思っている以上にしっかりとした漁船で、大きなクレーンまでついている。
どうやら本当に漁師らしい。
しかも、だ。
この看板娘さん、どうやら漁港では一目置かれた存在のようで、本人曰く、狙った獲物は逃がさない「超人気アイドル」なんだそうだ。
「本当にちょうど良かったわん! ロアもケルピーも厄介な生物だからねん。どちらもすぐに逮捕しちゃわないとっ!」
「逮捕……」
ネクターさんはいちいち看板娘さんの言葉が気になるようで、なんとも言えない表情をしている。
「二人とも、船は初めてかしらん?」
「いえ、船は何度か。でも、船で漁をするのは初めてです!」
「そう! それじゃあ、安全運転で行くわねん! ロアちゃんはともかく、ケルピーちゃんは船が揺れるかもしれないわん。覚悟してちょうだいねん!」
促されるまま乗り込めば、ピンク色のつなぎを着た船員さんが数名「こんにちは!」と挨拶をしてくださった。
中には「よく船長についてきましたね」なんて冗談めかして言う人まで。
「普通は、明らかに怪しいから初めての人の乗船率は最下位なんスけどね」
そう言った船員さんは、看板娘さんに思い切りはたかれていた。ちなみに、女性とは思えないくらいの力強さだったから、私とネクターさんは余計なことを言わないでおこう、と心に決めた。
「さ、みんな! 無駄口ばっかりたたいてないで、出航準備よん! 今日はお客さんもいるんだから、大量ゲットしなくちゃねん!」
すっかり船長と化した看板娘さんが、エンジンをかけて舵をとる。
「二人はつくまで楽にしててちょうだいねん!」
看板娘さんの投げキッスと同時、船が動き出して「わぁ⁉」と声が出る。
タイミングのせいで、まるで投げキッスが嫌だと言わんばかりになってしまったせいか、船員さんたちから笑いが起きた。
船の中はなごやかなムードで、みんなが私たちを気遣ってくださる。
看板娘さんからもらった朝食を食べつつ、みんなの話を聞ければ、看板娘さんは色々と言われているけれど、それでも信頼されているのが伝わってきた。
みんな、なんだかんだ言って看板娘さんの漁獲量についてや、普段どんな魚をとっているのか嬉しそうに教えてくださったのだ。
「……正直、最初はどうなってしまうのかと思いましたが、良い人そうで安心しました」
ネクターさんもようやく心を開いてきたのか、ほっと息を吐く。そのまま、楽しそうに運転している看板娘さんの背中を見つめて小さく呟いた。
「それにしても、ケルピーもロアも捕まえるなんて。よほどの腕の持ち主ですね」
「ロアって、たしか深海魚でしたよね?」
「えぇ。対して、ケルピーは水辺や浅瀬に出没します。沖合に出ることもありますが、少なくとも日の当たる海面付近に多くいるはずです」
「つまり、この船で浅瀬の生き物も深海魚も、どっちも捕まえるってことですよね?」
私の疑問を肯定したネクターさんは「特に」と付け加える。
「ケルピーは一度暴れると手がつけられなくなると聞きます。群れで船に体当たりして船体を傾け、人間を水中に引きずり込んで食べてしまうという噂もあるくらいです」
それを大量ゲットする、と先ほど宣言していた看板娘さんは……うん、凄腕以外の何者でもない。
船が大きいのは、ケルピー対策だったのか。
もしかしたら、ケルピーを見つけた人が大きな船を持っている看板娘さんのところに通報したのかもしれない。さっき、逮捕って言ってたし!
「……あれ? でも、ケルピーはともかく、ロアはどうやって捕まえるんですか? この船じゃ、深海には潜れないですよね」
「おそらく、あのクレーンを使うのではないかと」
ネクターさんが指さした先には、大きなクレーン。
乗船時にやたらと目を引いて気にはなっていたけれど、どう使うのか想像もできない。
「大きな釣り竿だと思えば、なんてことはありませんよ。クレーンに長いロープをつけておいて、先端に重りをつければ、ロアのいる水深までは届くはずですから」
「なるほど!」
分かりやすい説明だ。しげしげと改めてクレーンを見れば、ネクターさんの言う通り太いロープが何重にも巻かれている。ロープの先端には小さなフック。きっとそこにエサや重りをつけるのだろう。
「二人ともん! そろそろケルピーちゃんの出没地点につくわよん! 船が揺れるかもしれないから、しっかり捕まっててねん!」
操縦室から看板娘さんの声が聞こえて、私たちはハッと顔を上げる。
漁港を出発してから少し経ったからか、周りの景色もずいぶんと変わった。
肉眼でビーチが見える程度には、船も浅瀬にいるようだけど。
「この辺りにケルピーが……きゃぁっ⁉」
本当に出るのか、と言いかけた瞬間――
船に大きな衝撃が走る!
まるで濁流か何かが全速力で船を押し倒そうとしているような揺れ。強い風が吹き荒れているわけではない。看板娘さんがいきなり舵を切ったわけでもない。
何の前触れもなく突然それは起こった。
「お嬢さま! こちらに!」
近くのポールに掴まったネクターさんが私の方へ手を伸ばす。私が必死にその手を取ると、ネクターさんがぐいと私の体を引き寄せた。
「きた! きた! きた! きたぁぁぁぁあああ~~~~!」
操縦室からバタン! と勢いよく扉を開けて出てきたのは看板娘さんで、じゅるりと舌なめずりをする。
「ケルピーちゃんのお出ましよん! みんな! 準備はいいかしらん! ほら、そこのおふたりさんも! これをもってちょうだい!」
ネクターさんが私の分も受け取って「これは」と苦笑する。
見覚えのあるガラス瓶だ。ただし、中には糸のようなものが入っている。
「……これって、もしかして」
「さあ、ケルピーちゃんたちぃ! アタシたちとダンスしましょうねぇん!」
「うぉぉおおおおお‼」
「いくぞぉぉおおお!」
魔法弾?
ネクターさんへの問いかけは、看板娘さんと船員さんたちの声にかき消された。




