227.訪れる華やかな朝
「ネクターさん~!」
起きてください、と扉をノックすれば「はい……」と眠そうな返事が扉の奥から聞こえた。
どうやら今日は一応起きているらしい。
昨晩はおいしい夕食を食べた後、早めに就寝したのだろう。私なんて、目覚ましよりも早くに目が覚めたくらいだ。
「漁港に行きましょう!」
ロアの予約に行かねばならない。ついでに漁港で朝ご飯だ。
楽しみすぎて、ゆっくりなんて寝てられない!
「……おはようございます。相変わらずお嬢さまは、朝に強いですね……」
羨ましいです。そう寝ぼけまなこをこすって扉をうっすらと開けたネクターさんはまだ身支度の途中だったらしい。シャツのボタンを掛け違えている。
「ネクターさん、シャツのボタンが……」
「ボタン?」
「ここです、掛け違えてますよ」
少しだけ背のびして、ネクターさんの首元に手を伸ばす。途端、ネクターさんが覚醒した。目をカッと見開いて「すみません! 自分でできますから!」と体を引っ込める。
「……後五分ほどで支度しますので、すみませんがお部屋でゆっくりなさっていてください! 僕がお迎えに上がります」
「了解です?」
わたわたと慌てふためくネクターさんに首をかしげつつ、別れを告げて部屋で待つこと五分。
ネクターさんは時間ぴったり、私の部屋の扉をノックした。
「急がなくてもよかったのに!」
「いえ、そういう訳には。申し訳ありませんでした」
直角に曲げられた腰。相変わらず、やりすぎなくらいの謝罪だ。
シャツのボタンはきちんと留めなおされていた。うん、イケメンだ。
「漁港に参りましょうか。朝食に食べたいものなどございますか?」
「うぅん……。昨日の夜がパスタだったから、久しぶりにお米が食べたいです! あ、でも、サンドイッチとかも良いですよね!」
「なるほど。では、漁港に着いたら探してみましょう」
ネクターさんのエスコートに続いてホテルを出る。
第七区画で夕暮れと夜の景色は堪能したけれど、朝の景色はまた一味違う。
第一区画同様にカラフルな建物はより鮮やかに見え、街灯や建物にかかる色とりどりの旗が活気あふれる街を作り出していた。
「第一区画よりもさらに明るい感じがしますね」
「本当に! 大きな街だって聞いてはいたけど、第一区画のクラーケンフェスティバルがまだ続いてるみたいです!」
人が多いから、よりそう感じるのかもしれないけれど。
漁港のあたりも、とれたばかりのお魚が卸売りされていたり、お花やお野菜、果物などの露店も一緒に並んでいたり。
「朝市に来たみたいです!」
「えぇ、シュテープの朝市とよく似ています。食材がメインで、あまり雑貨などは売られていないようですが」
「あ、ほら見て! パンもありますよ!」
シュテープでは、パンはパンギルドかパン屋で売られていることが多い。
ズパルメンティでは、小さな露店でも焼きたてのパンを販売するようだ。香ばしい小麦の香りがふわりとあたりに漂っていて、おなかがすいてしまう。
「歩いているだけでおなかがすく道です……」
「川辺や海辺でそのまま食べている方もいらっしゃいますね。ズパルメンティは、晴れの日が貴重ですから、こういう日は外で食べるのが習慣なのかもしれません」
「外で食べるお料理って、なんだかいつもよりおいしく感じますもんね!」
つられて食べたくなってしまうけれど、今は我慢! 私たちの目的は漁港に行くことだし! そこで朝ごはんを食べるのだ!
自分に強く言い聞かせて、ネクターさんと露店の並ぶ通りを抜ける。
石橋をいくつかわたったところで、ようやく漁港の入り口が見えてきた。
アーケードをくぐれば、お魚の卸売りをしているお店はもちろん、レストランや定食屋が増え、これまた先ほどとは違った雰囲気になる。
「うわぁ……! どこもおいしそう!」
「お嬢さま、もう少し我慢してください」
ネクターさんがクスリと笑う。漁港の案内所はもう目の前だ。
ズパルメンティの漁港は観光用にも開かれていて、案内所なるものが必ず存在している。
シュテープで漁港を利用するのは漁ギルドの人がほとんどだから、これも文化の違いってやつだろう。
「案内所でロアを予約して……ケルピーはどうするんですか?」
「ケルピーも一緒に予約をしておこうかと。どちらもこの漁港で水揚げされますし、ついでですから」
さすがはネクターさん。事前に色々と調べておいてくださったようで、案内所の方へ迷いなく歩いていくと「すみません」と声をかける。
料理長として自ら食材を集めたりもしていたみたいだし、こういうことには慣れているのかもしれない。
「はぁ~い、かわいこちゃんたち。何か用かしらん」
案内所の奥から現れたのはピンクのど派手な髪が良く似合うおねえ……さま……?
ガタイの良いお兄さんにも見えるけれど、口調と仕草が女性のそれだ。
「あら、やだわん! じっと見つめちゃって……! 照れちゃうじゃないのん! アタシはここの看板娘よん」
体をくねらせながら、バチンとウィンクを決められた。
「看板娘……?」
ネクターさんの口からこぼれ落ちたのは、明らかな失言。私は慌ててネクターさんの口をふさぎ
「よろしくお願いします!」
と頭を下げる。
まさかこんなところで、こんな濃ゆい出会いがあるとは思ってもみませんでしたよ!
でも、ネクターさん! この人は、正真正銘! 看板娘です! こんなにキュートなんですから、看板娘以外ありえません!
無理やりにネクターさんを抑え込んで、私は彼の代わりに看板娘さんと挨拶を交わす。
「えっと! ロアとケルピーの予約に来たんですけど、ここであってますか?」
「あら! かわいこちゃんたち、運がいいわねん!」
看板娘さんは私の鼻をツンと指でつつくと
「今からちょうど捕りに行くのよん! ついてくるかしらん?」
と再びウィンクを決めた。
「今からとりに行くって……ロアとケルピーをですか? えっと、誰が……?」
「もちろん、ア・タ・シ!」
看板娘さんはピンク色の羽織をがばりと筋肉質な肩にかけると、
「アタシのお魚さんがほしければ、ついてきてちょうだい」
と私たちにあでやかな笑みを浮かべた。