225.初・水陸両用バス
「はぁ~! おなかいっぱいです! おいしかったぁ!」
めいっぱい伸びをして外の空気を味わう。
私たちが海の底から陸地へと戻ってくるころには雨もあがっていた。ズパルメンティに清々しい風が吹く。
「本当に素晴らしい場所でしたね」
「はい! まさか海の底にあるなんて! なんだか夢を見ていたみたいです! 子供のころに行ってたら、夢だったと思うかも! フィーロさんに後でお礼を言っておかなくちゃ」
私とネクターさんも帰り際に一枚ずつフォンダーレ・マリーノのチケットをもらったけれど、二人で相談した結果、お母さまとお父さまに送ることにした。
お母さまたちにはいつか夫婦旅行で訪れてもらいたい。
「次の目的地はケルピーとロアの捕れる港、でしたよね?」
「えぇ。このまま第七区画まで移動しますか?」
「はい! 着くころには、宿を探すのにもちょうど良い時間になりそうですし」
第七区画はズパルメンティの最北端に位置する三番目の都市だ。
国の中枢機関がある第四区画、今いる第五区画の次に大きい街になっていて、今日は第七区画の端っこに到着するので精いっぱいだろう。
「乗り場は……」
私がキョロキョロとあたりを見回すと、ネクターさんが「お嬢さま!」とやけに嬉しそうな声で私を呼んだ。
「水陸両用車があります!」
「え?」
振り返れば、ネクターさんが指さした大通りに、見たことのない車が停まっている。
船とバスが合体したような……いや、船にそのままタイヤをくっつけたような黄色いボディが目を引いた。
厳格な雰囲気の第五区画では、その見た目は少し浮いているように見えるくらいだ。
「あれって、私たちも乗れるんですかね?」
「聞いてみましょう! ちょうど停まっておりますし!」
ネクターさんがウキウキと歩いていく。その後ろ姿がはしゃいでいる子供のようで、なんだかかわいらしい。
運転席に座っているおじさまといくつか会話をして、ネクターさんは私の方へ手を振る。
「お嬢さま~! 乗れるようです! 第七区画と第五区画の往復バスなんだそうですよ!」
ネクターさんの後ろに、ブンブンと揺れるしっぽが見える。
「せっかくですから乗ってみましょう!」
そういえば、ベ・ゲタルで車を選んでいる時も楽しそうにしていたっけ。
ネクターさんは相当機械マニアだ。
貴重なネクターさんの姿を写真に収めてから、私たちは二人で水陸両用バスに乗り込む。
中はプラスチック製のイスがいくつも並べてあって、普通のバスや車に比べると簡素なつくりだ。
窓も、ガラスははめ込まれておらず、外の風が車内に吹き込んでくる。
「二人は初めて? どこから来たんだい?」
「シュテープからです!」
「ワォ! 良いね。僕も大好きな国だ。今日はどこまで?」
「第七区画までお願いします。宿が多い場所はありますか?」
「もちろん。第七区画に入ってから二つ目のバス停で降りてくれ。先に支払いを」
気さくなバスの運転手さんにお金を払うと、「記念に」と魔法のカードに電子スタンプを押してくださった。
黄色の水陸両用バスと同じ形のかわいらしいスタンプがカードの写真フォルダに保存される。
私たちが空いている席へと座ると、次第に人も増えてきて、車内はあっという間にいっぱいになった。
決まった出発時間はないのか、運転手さんが「座席が埋まったから出発しよう」と車内にアナウンスをかける。
アナウンスが途切れると、穏やかなリズムの曲が車内にかかった。ウェスタさんの車で聞いた曲と同じだ。
曲に合わせるかのように、ブロロロ……と水陸両用バスが走り出す。
ネクターさんが窓の外を気持ちよさそうに眺める。
「こうやって乗ってみると、案外普通の車と変わらないように感じます」
「川に入っていくときが楽しみですね!」
このバスは、しばらく第五区画の大通りを周った後、第七区画へと続く大きな川に入って、第六区画、第七区画と進んでいくらしい。
第七区画に入ったら、また陸に出て港の方まで大通りを走る。
川へ入るときと出るとき、その二回がこのバスを最も楽しめるポイントだろう。
堅苦しいと思っていた第五区画も、バスから眺めるとキラキラと輝いて見える。
雨が止んで、日が差しているからかもしれない。
「改めてみると綺麗な街ですねぇ」
「壁が白やグレーで統一されているからかもしれませんね。日が当たると反射して、眩しく感じます」
建物の隙間を流れる小川も、今は鮮やかなブルーだ。
軍の制服や警察の制服を着た人たちも、どこか晴れやかな顔で午後のひとときを楽しんでいた。
普通、軍や警察の制服を着た人たちが外を歩き回っていると、緊張感がありそうなものだけど。逆にテラス席でのんびりとくつろいでいるところを見ると、ズパルメンティの穏やかさが感じられる。
「お嬢さま、そろそろ川が」
「本当だ!」
ネクターさんに促されてバスの逆側を見ると、大きな川が目に飛び込んできた。
ズパルメンティでも屈指の大きさだろう。かかっている橋も石橋ではなく鉄骨で、長いアーチを描いている。
「川に入るぞ、揺れるから立ち上がらないように」
アナウンスが流れ、私とネクターさんはしっかりと座席につかまる。
――ザブン!
大きくバスが傾いて、私たちは「わぁっ⁉」と思わず声を上げた。
ゆらゆらと車内が揺れる。このまま沈んでしまうんじゃないかと不安が心をよぎったけれど、そんなことを考える間もなく、ガコン、と大きな音が響いた。
「タイヤをしまいこんでいるようです」
ネクターさんが何かに気付いて窓の外へと顔を出す。
私も一緒に外を覗き込むと、バスはすっかり入水していて、船と化している。
後方についたモーターが回り始めたのか、バスの走った後に白い泡が立つ。どんどんとスピードが上がる。
風と水しぶきが車内に入り込んで、爽快な気分だ。
「ネクターさん、最高です!」
「お嬢さまにそうおっしゃっていただけて良かったです。濡れて風邪を引いてしまわないように、タオルを」
「ネクターさんこそ!」
広げられた大きめのタオルを二人で屋根のように広げれば、快適な船旅のスタートだ。
「なんだか夢みたい!」
ズパルメンティに来てから何度目か、その言葉が口をついて出た。