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218.思い出を作る三人(1)

 ウェスタさんとネクターさんがキッチンに並ぶ。

 その姿を写真に収めると、二人は同じタイミングで照れくさそうにはにかんだ。


 雨の降るズパルメンティ。

 今日はウェスタさんのご自宅を借りて、料理長同士、夢の競演だ。

 お母さまとお父さまに写真を添えて連絡すると、信じられない速度で「うらやましい!」と返信が来た。今は仕事中のはずなのに……。


「なんだか昔に戻ったみたいだ」

「本当ですね。……こちらからお願いしておいてなんですが、正直緊張します」

「はは、僕はもう料理長じゃないよ。気楽にやろう」

「よろしくお願いいたします」


「フランさまも、今日はよろしくお願いしますね」

「はい! 任せてください!」

「お嬢さま、お怪我だけはなさらないように……」


 今日は「包丁を扱ったり、火を扱ったりしても良い」とウェスタさんから言っていただけたおかげで、私もようやく料理らしい料理に参加させてもらえることになった。

 私はすごくウキウキしているけれど、隣にいるネクターさんは気が気じゃなさそうだ。


「大丈夫ですよ、わたくしがしっかりとお教えいたしますから、ご安心を」

「よろしくお願いします!」


 私の指導係はウェスタさんで、一緒にズパルメンティの家庭料理を作る。ネクターさんはその間、ウェスタさんに振舞うお料理を作るようだ。

 最後に三人で手分けをして、ちょっと贅沢なズパルメンティの伝統料理を作る予定になっている。


 早速、私たちはキッチンでお料理を開始。

 初めて包丁を握ると、ずっしりと重たくて少しびっくりしてしまった。ネクターさんがすごく軽そうに、しかも素早く扱っているところしか見たことがなかったから、余計に。


 ウェスタさんに教わりながら、ゆっくりと包丁を動かしていく。トン、トンと小気味良い音がして、なんだか気持ちがいい。

「お上手ですね。とても初めて料理をされるとは思えません。フランさまは器用だ」

 ウェスタさんが褒め上手なのも関係しているかも。


 涙を流しながら、たっぷりの玉ねぎをスライスしたら、ウェスタさんが事前に準備してくださっていたレーズンや松の実を加えてナーヴィとお酢に浸す。


「さぁ、フランさま、いよいよ火を使いますよ」

 ささっとお魚の下処理を済ませたウェスタさんが、ちょいちょいと私をコンロの前に案内した。

 すでに火にかけられていた鍋の中で油がじゅわじゅわと音を立てている。


「この魚に、薄力粉をまぶして油の中に入れるんです。怖いかもしれませんが、出来るだけ油がはねないようにそっと油へくぐらせてください」

「揚げ物ですね⁉」

「さすがはフランさま。おっしゃる通り。素晴らしい料理になりますよ」


 ウェスタさんと一緒にお魚に薄力粉をまぶす。出来るだけ薄く、均一に。パフパフと粉をはたけば、なんだかお化粧をしているみたいだ。


 ウェスタさんがお手本を見せてくれて、お魚を油に入れる方法も分かった。お(はし)を使って、出来るだけ油面ギリギリでゆっくりくぐらせる。

 怖がってボチャンと入れてしまうと、逆に油が跳ねて危ないらしい。覚悟を決めねば!


 そろり、そろりと私がお(はし)で油にお魚を入れると――

 じゅわっ! と油のはじける音がした。


「うわぁ!」

 おいしいそうな音に、思わず感嘆の声が上がる。

 こういう危ない工程は今までネクターさんがやってきてくださっていたから、遠くで見ていただけだ。


「やってみると、何倍もおいしそうに見えます! すごい! 楽しい!」

「そう言っていただけると嬉しいです。さ、フランさま、今度は取り出しますよ。黄金色になって、浮いてきたものからこの網の上に」


 ウェスタさんに揚がり具合を見てもらいながら、油が飛び散らないよう気を付けて取り出していく。

 カラッと揚がったお魚は、それだけですごくおいしそう!


「ふぅ~! 暑いですね。それに、すごく気をつかうから大変!」

「フランさま、少しお休みになられますか?」

「いえ! 大丈夫です! その分、本当に楽しいし、早くご飯が食べたいから!」


 ネクターさんは、毎日こんな大変なお仕事をずっと続けてきたんだな。

 一人黙々と作業しているネクターさんは、いつもイケメンだけど、さらに格好よく見える。


「それでは、フランさま。次の工程に移りましょう」

 ネクターさんにすっかり見とれていた私に、ウェスタさんから声がかかった。

 いつの間にかコンロの上にはフライパンが並んでいて、今度は炒め物をするみたい。


「今、揚げた魚と先ほど作っておいた玉ねぎやレーズンを一緒に炒めます。弱火でじっくりと火を通すイメージです。焦がさないように気を付けるのがポイントですよ」

「分かりました!」


 フライパンに油をしいて、火をつける。ウェスタさんの指示通り、火加減を調整したら、先ほどのお魚や玉ねぎ、それから香りづけのハーブをフライパンに加えて、焦がさないように炒めていく。


「味付けも、挑戦してみますか?」

「はい!」

 味付けはシンプルらしい。お塩とコショウ、それにナーヴィとお酢をまた少し。


 まずはウェスタさんの言われた通りの分量を加える。

「味見をして、足りないようでしたら少しずつ加えてみてください」


 味見用のスプーンをもらって、一口。

「ん!」

 あっさりとシンプルな味わいだけど、玉ねぎの甘さとお酢が絶妙にマッチしていて、すごくおいしい!


 個人的な好みで、と少しお塩とコショウを加える。

 多分だけど、もう少しピリッと味が引き締まっている方が、お酒に合うんじゃないだろうか。


 味を少しととのえてから、今度はウェスタさんに味見をしてもらう。

「素晴らしいですね、なるほど。フランさまはよくわかってらっしゃる。ワインによく合うお味だ」

 と好評だった。


「そうなんです! 絶対にナーヴィと一緒に食べたいと思って!」

「よくわかります。フランさまの味付けから、それがとても伝わってきました。後はこれを冷蔵庫で置いて完成です」


 フライパンからお皿へと移し替え、綺麗に盛り付けて冷蔵庫へしまえば……。

「お料理、完成!」

 私が最初から最後まで携わった初めての一品が完成した。


 ネクターさんの方もほとんど仕上げに入っているらしい。ウェスタさんと何やら味付けの話を真剣に交わしている。

 私も、ウェスタさんのメモを見ながら、三品目の準備を始めることにした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うわー、良いなーッ! 新旧料理長による実演付き料理なんて、フランちゃん贅沢し過ぎてませんかッ!? ウェスタさんの教え方もわかりやすく、料理の工程が目に浮かぶようで……絶対に美味しいやつだー…
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