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211.美しき第三区画

 ズパルメンティへと到着してから一週間が過ぎた。

 私たちは、漁港のある第一区画、たくさんのお店が立ち並ぶ第二区画を見て回り、学校や研究施設が多く集まっているという第三区画へと移動することに。


 ここでの目的は、フィーロさんが紹介してくださったお医者さまのもとへとお伺いすること。

 第三区画の郊外、そのアパートの一室でクリニックを開いているらしい。


「第三区画東、魔法科学研究所前です」

 水上バスを降りて、目の前の大きな建物に息を飲む。

「ここが、スメラさんの本拠地……!」

 ふぉぉ、と声を上げると、ネクターさんも「すごいですね」と呟いた。


 まるで、大聖堂を思わせる重厚な石造り。入り口正面には大きなステンドグラスがはめこまれていて、雨空の薄暗い天気にも輝いている。

 美しい装飾がなされた鉄製の門は固く閉ざされており、『関係者以外立ち入り禁止』と魔法か科学かわからない技術で投影されていた。


「本当は中も見せていただけたら、きっと面白いものがたくさんあったのでしょうね」

 ネクターさんはちょっぴり悔しそうだ。機械マニアなネクターさんのことだから、魔法というよりも、科学技術の方が気になっているんだろうけど。


 スメラさんにも聞いてみたけれど、さすがに色々と問題があるらしい。

 中へ入ることは出来なかったけれど、外からこうして建物を見られるだけでも十分。役所と同じくらい、綺麗で荘厳な魔法科学研究所を写真に収める。


「それにしても、ここのところ雨続きですねぇ」

「ズパルメンティは元々雨の多い国ですから。お嬢さま、体調などは大丈夫ですか? 冷えてお風邪などひかれませんよう」

「はい! ありがとうございます!」


 この間お洋服屋さんで買ったレインコートに加え、ネクターさんが傘まで持ってくれているから、私が濡れることはほとんどない。

 むしろ、ネクターさんが私に傘を差しだしているせいで、肩のあたりが濡れていることが多くて心配だけど……。


 そんな風にネクターさんを見やると、彼は「っくしゅん!」とくしゃみをひとつ。

「ネクターさんこそ、丈夫ですか⁉」

「え、えぇ。失礼しました」

 ネクターさんはにこやかに微笑む。けれど、心なしか顔が赤いような……。


「少し早めにホテルへ向かいましょう! ネクターさんが風邪を引いてはいけませんから!」

「僕は大丈夫ですから。お嬢さま、どこか見たいところなどはございませんか?」


「今日は魔法科学研究所も見れたし、もう大丈夫です! 雨も降ってて少し疲れちゃいました。ホテルに行きましょう。そこまでの景色だけでも十分楽しいですし」


 こうでも言わないと、ネクターさんは絶対に私を気遣ってしまうだろう。

 疲れたというのもあながち嘘ではないし、少し早いけれど今日はホテルに向かった方が良いような気がする。

 主に、ネクターさんが、だけど。


「……本当によろしいのですか?」

「はい! それに、第三区画に来た目的は、観光じゃなくて、お医者さまにお会いすることですから!」


 さすがのネクターさんも、主人が「疲れた」と言っているのに、それ以上の気遣いは不要だと悟ったのだろう。

「わかりました」と素直にうなずいて、ホテルへと足を向ける。


 ホテルはここから、石橋を三つほど渡った先にある。水上バスを使えば、おそらく十五分程度だが、今日は雨で生憎と水上バスも数を減らしている。

 先ほど降りた魔法科学研究所前のバス停に次の水上バスが来るのは三十分後だ。

 少しでも早くホテルに着くには……。


「歩いても三十分くらいですし、歩きませんか?」

「お嬢さま、疲れていらっしゃるのでは?」

「うぇっ⁉ あ、えーっと、そう! そうなんですけど! ほら、水上バスを待つのも時間がかかりますから!」


 苦しい言い訳を並べれば、ネクターさんは少し不思議そうな顔をしながらも納得してくださったようだ。

 それ以上の追求はなく、私の歩調に合わせてゆっくりと歩き出す。


 しとしとと降り続く雨。曇天でも、ズパルメンティの町は明るい。

 ガラス瓶に封じ込められた魔法の炎がチラチラと燃え続け、路面に出来た水たまりを照らす。

 川と川の間を通っている狭い路地に淡い色合いの建物に花を添えるように、行きかう人々の傘が鮮やかに視界を彩った。


「本当に、ズパルメンティは綺麗な国ですよねぇ」

 シュテープも、ベ・ゲタルも、紅楼国(クロウコク)も、それぞれの良さがあったけれど、そのどれとも違う美しさがある。

 水辺が多いことも影響しているかもしれない。


「確か、旅のはじめのころにネクターさんが、ズパルメンティに行ってみたいって言ってたんですよね」

「そうでしたね。以前、料理長……僕の、前の料理長に写真を見せていただいたことがあったんですよ。ズパルメンティは良いところだと紹介していただいて」


 ネクターさんは、前料理長をすごく尊敬していたから、もしかしたらそういう気持ちもあったのかもしれない。

 私はどこか嬉しそうにズパルメンティの景色を楽しむネクターさんを見つめる。


 お屋敷を去ってから、前料理長が一体どこへ行ってしまったのか分からない、とネクターさんは言っていたけれど。

 もしかしたら、エイルさんのお父さまみたいに、前料理長ともズパルメンティで会えるかもしれない。


「ネクターさん、もしも、前料理長と会えたら何かしたいこととかありますか?」

「どうしたんですか、急に」

「いえ! ただ、ズパルメンティって他の国に比べて、魔法についても色々と進んでいるみたいだし……エイルさんのこともあったから。魔法みたいなことが起こって、前料理長とも会えないかなって!」


「なるほど……。そんな、夢みたいなことが起きれば嬉しいですが。そうですね……、会えたら、もう一度一緒に料理がしたいですね」

「夢のコラボですね!」


 テオブロマ家前料理長と現料理長が、遠い異国の地でドリームタッグ!

 なんて素敵な響き! 絶対においしいお料理が完成するに決まっている!


「……お嬢さま? よだれが……」

「はっ! いけない、いけない! すみません! 二人が出会って、お料理をした時のことを考えたらつい」


 私が口元をぬぐうと、ネクターさんが吹き出す。それからひとしきり笑って、彼は目元をぬぐった。

 そんなに笑うこともないと思うんですけど! 失礼な!

 むっと私が口をとがらせると、ネクターさんは優しく微笑んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 雨の降る国。その中の衣装や街並みと、旅の気分を存分に味わえるおかわりという作品の隠し味。魔法科学研究所を目の前にしたフランちゃんの反応もあって、諸外国を満喫できるのが良いところですよねぇ。…
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