210.完成! クラーケン尽くし!(2)
ネクターさんと一緒に、クラーケンの唐揚げをパクリ。
サクッ! パリッ……むちぃっ……。
美しく揚がった黄金の衣を突き破って肉厚のクラーケンが飛び出す。
噛めば、じゅわぁっと脂がとろけ、口いっぱいに旨味が広がった。下味がしっかりとついているのか、ほんの少しの辛味と塩気がクラーケンの淡泊な味によく絡む!
思わずナーヴィに手が伸びて、グイッと一口。
キンと冷えた爽やかなヴィニフェラの香りと酸味が、クラーケンの唐揚げをさらに高みへと引き上げて……。
「くぅ~~~~っ! はぁぁ……」
私が幸せのため息をもらせば、ネクターさんがふっと笑った気配がした。
「さいっこう! です‼ うわぁ……お昼に食べたものよりもおいしいかも! お酒が進む味付けですねぇ!」
「お昼に食べたものと、具体的に何が違うか教えていただけますか?」
ネクターさんは、前のめりでメモを片手にこちらを見つめる。
ネクターさんは完璧な味の再現を求めているのだろう。
私からすれば、もっとおいしいものが作れるのなら、それで満足なんじゃないかと思っていたけれど。
「えぇっと……お昼に食べたものの方が、もう少しだけ味が薄かったかもしれません。ネクターさんは今、薄い味を感じにくいから、無意識に味を濃くしちゃってるのかも?」
「なるほど……。たしかにそれは一理ありますね。いつもより、どれも少し調味料を多く使っているかもしれません」
「でも、こっちの方がお酒も進んでおいしいです! あ、ちょっと辛さもあるかな? こっちの方が、キリッとしたというか……ツンって鼻に抜けるような辛みを感じます!」
「おそらく、ショウガですね。こちらも少し多めに加えてしまっていたかも……」
下味の味見は最終的にネクターさんがしたし、味見をしているうちにだんだんと自らがおいしいと思う味に近づけていってしまっていたのだろう。
ネクターさんは真剣な表情でうなずくと
「今回は良い方向に転びましたが、やはり再現性はまだまだですね。今後はもう少し、味付けを控えめにしてみます」
と頭を下げた。本当にどこまでも研究熱心というか……真面目だ。
「本当に、お昼に食べたものより、私はこれくらいの方が好きです! お酒もあるし! ご飯が食べたい!」
「そう言っていただけて良かったです。パエリアもいただいてください」
ネクターさんに促され、私も我慢できなくなって、メインディッシュのパエリアに手を伸ばす。
美しく盛り付けられた魚介類は、漁港で捕れたばかりの鋼鉄貝にエビ、お魚、クラーケン。
サンサントマトで色づいたお米は、お野菜と一緒になってツヤツヤと輝いている。
「はい、どうぞ」
ネクターさんがよそってくださったお皿を見れば……。
「あ、おこげ!」
フライパンでしっかりと焦げ目のついたお米の塊が見えて、私は思わず声を上げた。
「お嫌いでしたか?」
「まさか! 大好きです! ネクターさん、本当に最高です、天才!」
私はそのままの勢いで口の中へとパエリアを運ぶ。
「あふっ‼」
「お嬢さま⁉ ゆっくりお食べください!」
はふはふと口の中で冷ましながら、おこげのパリパリ感を楽しめば、その奥からもっちりと炊き上げられたお米の食感に、トマトの甘酸っぱさ、濃厚な魚介類の香りとコクが染み出る。
「んん~~~~!」
こちらもやっぱりナーヴィがほしくなる! お酒で熱くなった口内を冷ませば、それはもう幸せいっぱいだ。
「おいしい……! すっごくおいしいです……! お米に海の味がしっかり染みてて、ものすごくコクが! しかも、魚介類に生臭さがなくて食べやすいし……んふふ、幸せ……」
おいしいものを食べた時に、思わず出てしまう笑い。それがこみあげてきて、私は顔が緩むのを抑えられない。
「クラーケンの脂っていうか、このムチッとした身から出てくる旨味がまた! お野菜とかお米にしっかり絡まってて最高ですね……」
とにかく、スプーンを動かす手が止まらない。
焼き目がついた香ばしいクラーケンとおこげを一緒に食べれば、パエリアの味が少しジャンクなものに変わる。
お酒も止まりません! ネクターさん! どうしてくれるんですか!
「ふはぁぁ~~~~! こんなにおいしいなんて……クラーケンって、すごいです……」
グラスに入っていたナーヴィを飲み切って、大きく息を吐く。
ネクターさんも、自ら作ったお料理の味に満足できたのか、パエリアを食べながらやわらかに目を細めた。
「お嬢さまと一緒に料理をして、それを一緒にこうして食べられるなんて。料理長のころには考えられませんでしたし、本当に僕も幸せです。出来ればずっと……」
ネクターさんは何かを言いかけて、ハッと口元を抑える。
「ネクターさん?」
「いえ、なんでもありません。あぁ、お嬢さま。そろそろオーブンに入れていたスープも出来上がっておりますよ」
ネクターさんは慌てて立ち上がると、オーブンの方へと駆け寄っていく。
そんなに急がなくったって、オーブンは時間になれば自動でとまるし、焦げたりすることはないと思うんだけど。
急にどうしたんだろう。
聞いてみようかと思ったけれど、ネクターさんがオーブンから取り出したスープを見たら、そんな疑問はすっかりどこかへいってしまった。
「お嬢さま、これは最高のシメが出来上がってしまったかもしれません……」
スープカップの上で、トロトロにとろけて、フツフツとはじけるチーズが輝く。
その下にあるバゲットとスープのことを考えたら、もうそれだけでよだれが止まらなくなりそう。
「ん~! チーズの良い香り! それに、トマトの香りと、バゲットの香りもほんのりして……。なんだか、またおなかがすいてきました!」
「お嬢さまと一緒に料理をいただいていると、食べ過ぎてしまうところが唯一の欠点ですね」
ネクターさんは苦笑しながらも、スープカップにスプーンを差し込む。
トロリととろけたチーズの隙間から、ふわっと湯気が立ち上って、その光景だけでもう我慢できない!
熱々のチーズとスープにたっぷりとバゲットを浸してから、口へ運べば――
「んんぅ~~~~! 最高です!」
「ほぉ……これは……!」
私とネクターさんはそれぞれに感嘆の声をあげた。