209.完成! クラーケン尽くし!(1)
「できたぁ~っ!」
厨房のテーブルに並べられた色とりどりのお料理に、私は喜びの声を上げた。
万歳! 両手を広げれば、ネクターさんもぐっと背伸びをして「お疲れさまでした」と嬉しそうに笑う。
「すっごく忙しかったけど、すっごく楽しかったです! お料理って大変だけど、面白いし、ネクターさんはすごいし……!」
ネクターさんの仕事ぶりに感想も「すごい」の一点張りになってしまう。
「喜んでいただけて良かったです。本来は、お嬢さまをこんな風に働かせてはいけないのでしょうね……。申し訳ありません」
なんとも言えない曖昧な表情で笑うネクターさんに、私は大きく首を横に振る。
「そんなことないです! 楽しかったし、勉強になったし……良い経験です! ありがとうございます!」
お屋敷にいたころは、お料理はおろか、キッチンに入ったことさえなかった。
小さいころから「危ないから入っちゃダメだ」って言われていたし、そうでなくても、お料理をする人たちの邪魔になってしまう。
キッチンとは、今までの私にとって未知の場所だったのだ。
「ネクターさんが料理人を続けてきた理由が分かりました。それに、料理人に戻りたいって思う理由も。こんなに素敵な職業だったんですね」
おいしいお料理を自分の手で作り上げていけるなんて最高の職業だ!
「お嬢さまなら、良い料理人になれるでしょうね。舌も良いですし、勘も良い。どうすればお料理がおいしくなるのかを、ご存じのようで。本当に初めてとは思えませんでしたよ。素晴らしかったです」
ネクターさんからのべた褒めに、えへへ、とだらしなく笑みを浮かべる。
貿易業を継げなかったら、ネクターさんのもとで修業するのも悪くないかも。
「さて、冷めないうちにいただきましょうか」
「はい!」
おしゃべりも楽しいけれど。
目の前に並んだたくさんのお料理が早く食べてくれと言っている。私には聞こえる。
食材と一緒に買ったナーヴィをワイングラスに注いで、どちらともなく持ち上げる。
「「我らの未来に、幸あらんことを。乾杯!」」
シュテープ式とズパルメンティ式の挨拶を混ぜてワイングラスをぶつける。
私たちはまずは一口、キリリと冷えたナーヴィを口へ運んだ。
爽やかなヴィニフェラの香りがすっきりと飲みやすく、食欲を増進させる。
グラスを置いたら、まずはネクターさんが作ってくださったスープから。
「クラーケンと……サンサントマトですね!」
「えぇ。お昼に食べた煮込み料理を少しアレンジしてみました。お嬢さまが濾してくださったトマトにコンソメを加えて、豆とクラーケン、ブロッコリーを入れています」
トマトの優しい酸味がふわりと漂ってきて、私はゴクンと唾を飲んだ。
私が作った、とは言わないけれど、お手伝いしたお料理だからか、いつも以上においしそう!
そっとスプーンですくい上げて一口……。
「……ほわぁ! おいしい! サンサントマトの甘みとちょっとした酸味がすごくいいですね! ……ん! クラーケンも! 味が染みてて……優しい味です~!」
豆の素朴な甘さがまた、スープともよくマッチしている。それに、ブロッコリーが食べ応えを増していて、すごく満足感がある。
「パンを入れて、チーズでフタをすれば、これでちょっとしたランチ替わりにもなります」
「ネクターさん、それ天才です! やりましょう!」
さすがは料理長。頭の回転が速すぎます! センス花丸です!
早速、焼かれたバゲットをスープの上にのせて、冷蔵庫からチーズを取り出す。チーズを上にのせれば完成。
そのままオーブンへ入れて、私とネクターさんは次のお料理へ。
「クラーケンとサーモンの海鮮サラダもどうぞ。お嬢さまが作ってくださったドレッシングがすごく楽しみです」
クラーケンのお刺身とサーモンのお刺身が、野菜と華やかなコントラストを生んでいる一品。
ドレッシングは、ネクターさんの言った調味料をベースに、私がアレンジしていいと言われて悩んだものだ。
ネクターさんにも味が分かるように、少し濃い味付けになるようにしたつもり。
さぁ、どうだ!
「うん……これは……おいしいですね。クラーケンのさっぱりした味にもよくあってますし、サーモンの濃い味を引き立てるような爽やかさがあって……」
ネクターさんが少し驚いたように目を見開いた。
「さすが、お嬢さまは舌が肥えていらっしゃる。良い料理人になれますよ。うん、これは素晴らしい……後でレシピをお聞かせください」
ネクターさんの素直な感想に、私の頬がだらしなく緩む。
「えへへ! 良かったです! ネクターさんの教えてくれた分量に、レモンとか、ハーブソルトを少し足してみたんですけど……」
レシピを伝えれば、なるほど、とネクターさんはうなずいてメモに書き留める。
「お嬢さまもお食べください。きっと気に入ると思います」
「もちろんです!」
自分で作ったドレッシングとからめて、クラーケンのお刺身と野菜を一緒に口の中へほうり込む。
シャキッとした野菜の歯ごたえに、クラーケンのつるりとした舌触り。レモンの爽やかな香りが弾けて、ドレッシングの涼しい味がサラダにぴったりだ!
「自分で考えたお料理を食べるのって、こんなにおいしいんですね!」
たかがサラダ。されど、サラダ。
食事は始まったばかりなのに、なんと贅沢な! と私はうっとりと目を細める。
「まだまだたくさんありますから、ゆっくり食べましょう」
ネクターさんの言う通り。目の前には、まだまだたくさんのお料理が並んでいる。
「クラーケン尽くしですね!」
「本当に。クラーケン討伐の時はどうなるかと思いましたが……」
ネクターさんのため息には、私も苦笑せざるを得ないけれど。
こんなにおいしいクラーケン料理が食べられるんだもん!
勇気を出して、頑張って良かった。
「次は……唐揚げにします! お昼に食べたものの再現、でしたよね?」
「えぇ。正直、僕はこれが一番緊張しますね……」
ネクターさんは緊張をごまかすように、ナーヴィを口へと運ぶ。
普段あまりお酒は飲まないネクターさんだけど、お酒に頼らなければやっていけない、ということなのだろうか。
「大丈夫ですよ! いきましょう!」
私はクラーケンの唐揚げへとお箸を伸ばす。
お箸でつまんだ瞬間、パリッと良い音がして、それだけでおいしそうな予感がした。




