206.前を向いて、軽く、軽く
第二区画は、漁港から少し内陸に入った立地もあってか、多くのお店が軒を連ねている。
「本当に色々ありますね! 食材も豊富だし、それにほら、道具も!」
金物の専門店や家具の専門店、雑貨屋なども目についた。選びたい放題だ。
「そうだ、お嬢さま。ついでに洋服もそろえてしまいましょう」
「そうですね! 紅楼の服はやっぱり目立っちゃいますし!」
「ズパルメンティは、比較的シュテープの服装と似ているので、僕も落ち着きます」
今まで、ベ・ゲタルも紅楼もシュテープに比べて派手だったからか、ネクターさんは周りを見回してほっと胸をなでおろす。
プレー島群の中でもシュテープが最も近いズパルメンティ。もしかしたら、似ている部分も多いのかもしれない。
ひとまず、近くのお洋服屋さんに入ってお洋服を選ぶ。
手に取ってみて分かったけれど、雨が多いズパルメンティならではの素材が使われている。雨を弾くようなものや、濡れても渇きやすいものだ。
驚いたのはそれだけじゃない。
「ネクターさん、見てください! このお洋服、カバンになります!」
ボタンを使ってうまくたたんでいくと、お洋服が形を変える。
「急に雨が降ってきても、荷物が濡れないようにするためでしょうか?」
「そうかもしれません! 便利すぎます! ほら、こっちはポケットがいっぱいで!」
「機能性も高くて良いですね。シュテープでもこのデザインなら普段着に出来そうですし……」
ベ・ゲタルや紅楼ではどこか照れくさそうにお洋服を選んでいたネクターさんも、珍しく生き生きとしている。
特に、機能性が高い、というのはネクターさんにとって高ポイントなようだ。
シュテープでも売れそうだし、クレアさんに相談してみようかな。
お互い、レインコートを含めて何着か服を買い、その場で着替えていく。
紅楼で着ていたお洋服は、ズパルメンティでは珍しいからか、お店の人が買い取ってくださった。
「色々買えましたね!」
ネクターさんと二人、お洋服を入れたカバンにつめて歩く。
続いて向かうのは道具屋さんだ。
石橋を一つ越えて、雑貨屋や金物屋の並ぶ道へ。ちょっとした道の隙間にも小さな川が流れていて、改めて水の国たる所以を感じる。
「キッチンがどこかで借りられると良いのですが」
「そうですね! ホテルの人にお願いしたら使わせてもらえないですかね?」
「……どうでしょう。料理人にとって、キッチンは聖域や戦場と言いますから。他人に使わせるなんて、と思われる方もいらっしゃいますし」
ネクターさんは曖昧に微笑む。過去のネクターさんがそうだったのかもしれない。
味覚も戻って、また料理人に……って願うネクターさんでも、過去のことはやっぱり忘れられないみたいだ。
「そっか。それなら、どこかそういうレンタルスペースみたいな場所を探さないとですね! 魔法のメガネならわかるかな? 後で調べてみます!」
「ありがとうございます」
暗くならないように、わざと大げさな笑顔を見せれば、ネクターさんもやわらかに笑う。
過去は変えられないけれど、これからのことは、いくらでも、どうにでもなるから。ネクターさんには笑っててほしい。
「あ、ネクターさん! あそこにしましょう! キラキラしててかっこいいナイフが売ってるので!」
「キラキラ……?」
金物はどれもキラキラしているだろう、なんて言いたげな顔をしない!
私はネクターさんの不思議そうな視線を無視して、道具屋さんの方へと歩いていく。
お店の前で振り向けば、なんだかんだネクターさんは楽しそうに道具屋さんを見つめていた。
*
「……つい買い過ぎてしまいました」
ホテルのある第一区画へと戻る水上バスを待つネクターさんは、両手いっぱいに紙袋を抱えている。
道具屋さんで、これでもかと料理用の道具を買いそろえ、あげく近くにあった食器屋さんでお皿からカトラリーまで細かく選んでいたのだ。
大荷物になるのは当たり前。
子供みたいにはしゃぐネクターさんは見ていて面白かったけれど、さすがに荷物が多すぎる。
「これから食材も買わなくちゃいけないのに、ネクターさん大丈夫ですか?」
荷物は魔法のカバンに入れれば、重さも大きさも関係なくなるから良いんだけど。
どうしても私に荷物を持たせたくないらしいネクターさんが相当頑張る未来が見える。
「……大丈夫です」
強がりというかなんというか。
従者としてのプライドか、それとも料理人としての道具への愛着か。そのあたりは定かでないが、意地でも荷物を持つつもりでいるらしい。
「ネクターさんって変なところで頑固ですよね」
「……申し訳ありません! そのようなつもりでは!」
「別に文句じゃないですよ。ただ、少しくらい他人を頼ってもいいのになって思っただけです!」
「ですが、お嬢さまにご迷惑をおかけするわけには……」
「重たい荷物を半分こするのは当たり前です!」
私が無理やりネクターさんの手から紙袋を一つ奪い取ると、「あぁ⁉」とネクターさんから悔しそうな声が聞こえる。
料理長の時も一人で頑張っていたみたいだし、ネクターさんは元々、誰かに頼ったり甘えたりするのが苦手なのだろう。
「なんでも一人で完璧にこなせる人なんていないです。だから、ネクターさんももっと頼ってください!」
カバンに荷物をしまい込めば、ネクターさんが呆れたように笑う。
「ほんと、お嬢さまにはかないませんね」
「ネクターさんの主人ですから! ほら、ネクターさん! フーズマートが見えます!」
「本当に大きいですね。また買い過ぎてしまいそうです」
「その時は一緒に持って帰りましょう! 魔法のカバンなら、なんでも詰め込めますし!」
「……ありがとうございます」
先ほどのやり取りのせいか、珍しく素直に私の好意を受け取ったネクターさんは、ほんの少しだけ晴れやかな表情で。
彼の背負っているものが、ほんの少しでも軽くなればいい。
私が「行きましょう!」と駆け出せば、ネクターさんは抱えた紙袋を落とさないように走る。
その足取りはいつもより軽く見えた。




