205.次なる夢へと向かって
フォルトゥーナさんのお店でおなかいっぱいご飯を食べた私たちは、しばらくのんびりと漁港を観光して別れることになった。
スメラさんとリチャードさんは、まだまだクラーケンを売りさばいたり、研究したり、と魔法科学研究所の出張テントにいるらしい。
フィーロさんはアクアサルト狩りに向かうそうだ。
「すっごく楽しかったわ、また会いましょうね!」
「それじゃあ、お二人とも良い旅を。フィーロもアクアサルトをよろしく」
「あぁ。フランたちも気を付けて。何かあったら連絡してくれ」
いまだ終わらぬクラーケンフェスティバル。賑やかな漁港の中で、ズパルメンティ式のお別れの挨拶――熱い抱擁と軽い頬へのキスを交わして、私たちは手を振りあう。
なんだか慌ただしくて夢みたいな日々だった、と私はフィーロさんたちの背中に思う。
「魔法のような、というか……夢みたいな二日間でしたね」
三人を見送って手を下ろしたネクターさんの呟きは、まさに私と同じ気持ちだ。
「魔法使いに会って、クラーケンと戦って、フォルトゥーナさんを見つけて……。おいしいクラーケンをいっぱい食べて……」
指折り数えてみれば、この二日間だけでたくさんの思い出が出来たと分かる。
ズパルメンティに到着してまだ間もないのに、なんだかもう一か月くらい滞在したんじゃないかってくらい。
「そういえば、お嬢さま。フォルトゥーナさんもシュテープに戻られるそうですよ」
「あのお料理がもう食べられないって思うと寂しいです!」
「お嬢さまもいつかはシュテープに戻られるんですから、戻ってからまた漁港へ行けばよろしいかと」
ネクターさんのツッコミに「そうでした!」と手を打てば、ネクターさんが呆れたように笑った。
「この旅も、いつか終わりを迎えるんですね」
ブロンドの髪を海風になびかせたネクターさんが遠くを見つめる。
少しでも寂しいって思ってくれてたら嬉しいな、なんて。私の心にそんな思いがよぎるのはどうしてだろう。
「さて、お嬢さま。一つ提案があるのですが」
ネクターさんは何かを振り払うように軽く頭を振って、こちらに笑みを向けた。
「提案?」
「クラーケンを買って、また一緒に料理をしてみませんか? ホテルの部屋にキッチンがなかったので、場所はもちろん、材料や道具もそろえなければいけませんが」
ネクターさんは遠慮がちに「もちろん、お嬢さまがお嫌でなければ」と付け加える。
「嫌じゃないです! むしろお願いします‼」
前々から、口約束はしていたけれど。本当にもう一度そんなチャンスがやってくるとは思わなかった。少なくとも以前までのネクターさんなら、社交辞令で終わらせていただろうし。
「それでは、先ほどのテントのあたりにもどって、まずはクラーケンを買いましょう」
「材料とか道具も、近くに売ってると良いんですけど」
「そうですね。お店はたくさんあるようでしたし、探してみましょうか」
もしかしたら、お酒を飲んだからかも。
いつもより積極的なネクターさんが、「はぐれないように」と私の方へ手を差し出す。
「お嬢さまがいなくなってしまわれたら、大変です。よろしければお手を」
そんな風にイケメンに微笑まれて断れる乙女がいるのなら見てみたい。
おずおずと手を差し出せば、ネクターさんの温かな手に包まれる。
そのままぐいと軽く引っ張られて、私はネクターさんの隣に並んだ。
ん? ちょっと待って……これ、デートみたいじゃないですか⁉
意識すると少し恥ずかしくて、私は出来る限りネクターさんを見ないように、と視線を周囲のお店に向ける。
ネクターさんは気にしていないようで、楽しげに足を進めていた。
*
無事にクラーケンを二人分購入し、お料理に必要な道具や材料を探す。
クラーケン売り場に立っていた人にそれらを扱うお店を尋ねれば、快く教えてくださった。
「水上バスが近くの石橋から出ておりますので、それに乗って第二区画へ行ってみてください。そこなら大抵のものはそろうかと」
「ありがとうございます!」
「お二人は新婚旅行ですか? 到着早々大変だったと思いますが、どうぞズパルメンティの旅をお楽しみください!」
笑みを付け足されて、ようやくネクターさんも自身の行為がどのようなものであるのか気づいたらしい。
ハッと私の手を離し「申し訳ありません!」と土下座を決める。
すっかり慣れてしまった私は無理やりネクターさんを立たせてから、離された手がちょっとだけ寂しいことに気付いた。
「もう! 気にしてないですから、水上バスに行きましょう!」
寂しさを紛らわすように、教えてもらった水上バスの乗り場へと向かう。
漁港から見えていた石橋の脇にそれらしき標識が浮かんでいるのが見えた。
タイミングよく四人乗りくらいの小さな船が川を下って来る。
「水上バスって普通の船なんですね! 遠くから見てたから分からなかったけど、もっと車みたいなものかと思ってました!」
「バスの役割をする船なのでしょう。ズパルメンティは水陸両用車もあったと思いますが」
さすがネクターさん、博識だ。
説明してもらっている間に、ちょうど標識の前で水上バスが止まる。終点だったのか、お客さんを下ろした船は、くるりと船体を一周させた。
私たちが船に乗り込むと、バスの運転手さん、もとい、船頭さんは何も言わずに船を出発させる。
穏やかな川をのぼっていく船は、モーターの力を借りながらゆっくりと進んでいく。
ベ・ゲタルの急流下りを思い出すけれど、それとは全く違った風景と速度が、私たちに心地よさを与えた。
「気持ちいいですねぇ!」
「本当に。晴れているからなおさらですね。この川の両サイドに家や店が並んでいるというのも、ズパルメンティらしい景色ですし」
カラフルな家々の間を縫ってはしる川を、たくさんの小さな船が行きかう。
アパートやお店にも川へ向かって桟橋がかけられていて、そこから船が出たり入ったりしている様子も見られた。
川に入っていく階段がつけられている場所もある。子供たちがそこで水遊びをしていたり、釣りをしている人がいたり。
ズパルメンティらしい日常が広がっていて、それがまた新鮮さを感じさせる。
風景を楽しんでいる間に水上バスは第二区画へと到着。
船を下りて、アパートやお店が立ち並ぶ通りの方へと上がっていくと、たくさんの人たちで賑わう町が現れた。