204.イッツクラーケンフェスティバル!(4)
リチャードさんが早速、ぶつ切りにされたクラーケンを網の上へとのせていく。
コンロに火をつければ、じゅわぁっ! とクラーケンから出た水分が蒸発する音にのって、香ばしい匂いが立ち上った。
「新鮮だから、すぐに食べられると思うよ。半生状態なら噛み応えたっぷり、よく焼けばほくほくでやわらかくなる」
リチャードさんに解説してもらいながら、私とネクターさんはまずは半生状態のものをいただこう、とそれぞれお皿に取り分ける。
まだ透明感の残るクラーケンの塊にフォークをさすと……瞬間、中からたらっと脂が伝う。その弾力も、フォーク越しにしっかりと分かって、なるほど、これは確かに嚙み応えたっぷりだ!
「いきます!」
間髪入れずに口の中へと焼きたてのクラーケンを放り込めば――
「んんぅ~~~~! これは! ぷりっぷりですぅ! あ、あふっ! はふっ、でも、塩気がしっかりしてて! ほわぁ……幸せ……。噛むほど甘みが染み出て……」
ぷりぷりの食感、そこから染み出る塩味と甘さ!
味付けなしでも、しっかりとした磯の香りがクラーケンの味をガツンと引き立てて、濃厚な旨味を引き出してくれる。
はふはふと口の中で冷ましながら、シンプルなクラーケンの網焼きを楽しめば、たった一口でとてつもない幸福感に心が満たされる。
「はぁぁ……最高です……!」
「本当に、お嬢さまのおっしゃる通りですね。この食感、クラーケン自体の旨味、魔物独特の大味がシンプルなのに贅沢で……。レモンのソースなんかも合いそうですね」
ネクターさんはさらさらとメモを書きながら、網焼きの上でじゅぅじゅぅと音を立てるクラーケンをひっくり返す。
吸盤にしっかりと焼き目がついたクラーケンは、見た目の色も赤っぽく染まっていて、また一味違った楽しみ方ができそうだ。
そのまま取り分けてもらって、今度はしっかり焼き目のついたクラーケンを口に運ぶ。
「んんん! これはこれで……!」
焦げ目のついた香ばしい匂い、ほくほくとしたやわらかな食感。先ほどよりももっと優しい甘みを感じる。
「ふわぁ……。おいしい……。さっきよりも甘みが増して、食感ともよくマッチしてます! 外側のパリッとした焦げ目と、内側の肉厚でジューシーなクラーケンの身のバランスが……これも最高です……」
もう、フォークが止められません。
私がどうしよう、とネクターさんを見つめれば、彼もしっかりと焼けたクラーケンにうっとりと目を細めていた。
完全には感じ取れなくても、ネクターさんなりにおいしいと思えているのだろう。
その幸せそうな顔に、私のフォークがますます止まらなくなりそう。
「スープもすっごくおいしいわよ」
「炒め物も」
「僕は、この煮込み料理がオススメかな、トマトの酸味とよく合ってるし、さっぱりしてておもしろい味だよ」
はい! 今この瞬間、私のフォークが止まらなくなるのは、決定しました!
全速前進! 胃袋、拡張します!
三人に別々のお料理をすすめられ、私とネクターさんもそれぞれに手を伸ばす。
私は炒め物、ネクターさんはスープだ。
炒め物は、バターとニンニク、それにお醤油っぽい香りが食欲をそそる。
「いきますっ!」
クラーケンをしっかりフォークに突き刺して、勢いよく口へ運べば、瞬間、ぶわっと口の中でクラーケンの旨味が弾けた!
バターのコクとニンニクのガツンとした香りがクラーケンの塩味と甘みを引き立てて、お醤油の塩味がそこに加わる。
炒め物の絶妙な香ばしさがまた食欲を増進させ、目の前に置かれたバゲットへ手を伸ばさざるを得なかった。
「おいしい!」
素直にその感想しかでない。というか、もうこれ以上何も言うまい。
うぅ……ずっとこれを口の中にいれて生活しておきたいです……。
ネクターさんもスープを飲んで一息、ほぉっと長く吐き出す。
「お嬢さま、こちらもおいしいですよ。クラーケンの食感がスープの旨味を引き立てていて、おもしろいですね。トマトベースで味が濃いので、僕にも分かります」
ネクターさんはどうやらメモを取る手が止まらないようで、解説をしながらしっかりと手を動かしている。
感想は苦手だって今まで言っていたけれど、どうやらそれも味覚がなかったからのようだ。本来のネクターさんは料理が大好きで、その探求心はどこまでも続いているのだろう。
「でもやっぱり、お酒が好きならこれよね!」
ぐぃっとグラスをあおって、スメラさんが揚げ物へと手を伸ばす。
クラーケンを揚げただけのシンプルなお料理だけど、キツネ色にコンガリ揚がった衣の奥にクラーケンの鮮やかな赤が見える。
衣にはしゅわしゅわと油のはじけた跡があって、それがテラテラと妖しく輝く様は、いかんともしがたい罪深さだ。
「クラーケンの唐揚げはもう、酒好きにはたまらないよね」
「あぁ、間違いない」
先ほどまでは別々のお料理をすすめていた三人も、これだけは譲れない、とクラーケンの唐揚げを手に取った。
みんな、グラスに空いている手をかけているところまで一緒だ。
「私も食べたいです!」
「僕もいただいても?」
私とネクターさんもそれぞれ一つずつ、クラーケンの唐揚げに手を伸ばして……。
みんなで、せーの!
ザクッ! サクサクッ!
じゅわぁっと衣の奥から染み出るクラーケンの脂から、旨味と塩味が口の中に広がる。衣のサクサク感と油が、またその旨味に絡まって、舌の上でずっとおいしさ長持ちだ。
むちっとした食感も、外側のパリパリ感とギャップがあっておもしろいし!
「これはたしかに!」
グラスを持ち上げて、白ワインをあおれば……爽やかなヴィニフェラの香りと炭酸がすっと口の中ではじけて、先ほどまでの脂っぽさをまるで帳消しにするように、甘みだけを残していく。
「ぷはぁ~~~~っ! 最高です!」
百点満点! いや、百億点満点でも足りない!
私が「くぅっ!」と声を絞り出せば、みんなも同じように「最高!」と声を上げた。
大量のクラーケンがみるみるうちにテーブルから消えていく。
さっぱりとしたマリネも、トマトベースの濃厚な煮込み料理も楽しんで、また網焼きに戻って……。
無限に続けられそうなクラーケンのお料理サイクルが終わりを迎えたころ。
私たちのお腹と心はこれ以上ないくらいに満たされていた。