203.イッツクラーケンフェスティバル!(3)
「フォルトゥーナさんのお店だ!」
偶然にも、スメラさんが案内してくださったのは、昨晩フォルトゥーナさんを見つけたお店だった。
「あら、知ってるの?」
「実は、昨日……」
嬉しいことがあった、と事前にスメラさんに話していた内容をかいつまんで話せば、スメラさんたちはみんな驚いたように目を丸くした。
「そんな魔法みたいなことがあるのねぇ!」
「フランは、そういうものを引き寄せるんだな。ある意味、魔法使いみたいだ」
魔法使い二人から手放しでそんな風に驚かれては、私も少し照れくさい。リチャードさんからは「ぜひ研究してみたいですね」と不穏な一言が聞こえた気がしたから、とりあえずスルーしておいた。
「それじゃ、調理もフォルトゥーナさんに頼まなくちゃね」
スメラさんはクラーケンをカバンから取り出す。彼女のカバンも、私の魔法のカバンと同じ、どんなものでもしまっておける便利道具になっているらしい。
昨日と同様、フォルトゥーナさんを呼べば、彼が誰よりも驚いた顔をしていた。
まさか私とネクターさんに二日連続で会うことになろうとは思ってもみなかっただろうし、ましてや、普段ひいきにしてくれているスメラさんたちと私たちが知り合いとも思ってもみなかっただろう。
加えて――
「これまた、上等なクラーケンッスね! 本当に、俺が調理して良いんスか⁉」
大きなクラーケンを持ってきたとなれば、その驚きが最高潮に達するのは当たり前。
料理人としての夢みたいなものなのか、キラキラと目を輝かせている。
「もちろんよ。普段から、おいしくておもしろいお料理を作ってくださっているでしょう? クラーケンも、ぜひ調理をお願いするわ」
スメラさんがフォルトゥーナさんに微笑みかける。彼は、小躍りしそうな勢いで厨房へと戻っていった。
テラス席で海を見ながら、クラーケンを待つ。
ズパルメンティでは珍しい晴天が、海の青を美しくきらめかせていた。
漁港になびく大量の旗。行きかう人たちの笑顔。そのどれもがクラーケンフェスティバルを盛り上げている。
しばらく待っていると、大きな網とコンロを持ったフォルトゥーナさんがお店の方から現れた。
「もう少しお待ちくださいッス!」
ニカッと笑うフォルトゥーナさんは、セッティングを終えると再び厨房へ戻っていく。
何が始まるのだろう。
ネクターさんに聞けば、きっとわかるだろうけれど……。ここは、お楽しみだ。
お料理を待っている間、スメラさんが雑談を切り出した。
「そういえば、フィーロ。あなた、ズパルメンティにしばらく滞在するってさっき言ってたけど、ドラゴンハンターの彼とはどうなったの? いつになったら連れてきてくれるのよ」
「なっ⁉」
フィーロさんにとっては予想外だったのだろう。口に含んだお水を盛大に吹き出しそうになって……なんとか持ちこたえている。
「か、彼とはなんだ!」
「レイくん。かわいいじゃない、彼」
「ばっ! なっ! そ、そういうんじゃない!」
「あらぁ。そうかしら? フィーロ。私たちは魔法使いよ、魔法使いに嘘はつけない。知ってるでしょう?」
「レイさんがどうかしたんで……もがっ⁉」
「お嬢さま! 空気を読んでください! それは今、禁句です!」
ドラゴンハンターのレイさんと言えば、私も知っているレイさんで間違いないだろう。気になって口をはさめば、勢いよくネクターさんに口をふさがれた。
というか、スメラさんはニヤニヤしているし、フィーロさんはわなわなと震えている。
リチャードさんだけがのほほんとお水を飲んでいた。
「フランちゃんはピュアでかわいいわねぇ、おねえさんが教えてあげましょうか? フィーロはねぇ、こう見えてレイくんのことが……」
「スメラ!」
顔を真っ赤にしたフィーロさんが、スメラさんをきつく睨む。いつものクールなフィーロさんはどこへやら。そのかわいらしい赤面に、さすがの私も「あぁ!」と状況を理解した。
確かに、さっきの発言は空気が読めてませんでした! ネクターさん、ナイスフォロー!
「ふふ、必死になっちゃって。こんなにイケメンな彼を連れてきたからどうしちゃったのかと思った。でも、フランちゃんが一緒だったから、あなたのボーイフレンドじゃないってすぐに分かったわ」
「スメラ、いい加減にしないとランチ抜きだ」
「あら、それは怖いこと。リチャードの頑張りを無駄にするわけにはいかないものね、ここまでにしておくわ」
スメラさんが意地悪く微笑んだと同時、お店の方からフォルトゥーナさんが現れる。
手には大量のお料理やいくつかのグラスがのったトレーと、ぶつ切りにされたクラーケンをのせたカッティングボード。
「お待たせしたッス! クラーケンのフルコースをどうぞ召し上がってください!」
ドンと置かれたのは、美しくもインパクトのあるお料理の数々。
クラーケンのマリネに、炒め物、揚げ物、煮込み料理はもちろん、スープにもクラーケンが使われていることが分かる。
「こっちのクラーケンは、網の上で焼いてお召し上がりくださいッス」
フォルトゥーナさんがカッティングボードをテーブルの上におけば、テーブルの木目すら見えなくなる。
「それから、注文されたドリンクと……。これで以上ッス! 他に何か必要なものがあれば、何なりと!」
フォルトゥーナさんはやりきった、と満足げな笑みを浮かべた。
フォルトゥーナさんがお店に戻ったところで、私たちはそれぞれ注文したドリンクを片手に持ち上げる。
シュワシュワとグラスの中ではじける金色の泡が、私とネクターさんの手の中で輝く。
ズパルメンティだと、必ず乾杯にはお酒を使うらしい。
私もネクターさんも普段はあまりお酒を飲まないから、なんだか久しぶりだ。
スメラさんオススメだというヴィニフェラのお酒、ナーヴィは、シュテープでいうところの白ワインに相当するもの。
乾杯の挨拶も教えてもらって、私たちは目を見合わせる。
みんなと視線を合わせることも、ズパルメンティ流の乾杯なんだそうだ。
それじゃ、とスメラさんが微笑むと、私たちの声は自然と重なる。
「「乾杯!」」
カチン!
グラスのぶつかる音がズパルメンティの空に響いた。