202.イッツクラーケンフェスティバル!(2)
「ふぉぉぉぁぁああああ! 大きい……!」
「ふふ、実際に戦ってるのにいい反応ね。ほんと、フランちゃんって面白いわぁ」
話に聞いていた通りの良い子ね、とスメラさんが褒めてくださったような気がしたけれど、私はもうそれどころじゃない!
「すごいです! 大きいです! なんていうか、本当に船みたい……」
私たちがズパルメンティへと向かう際に乗ってきた旅客船を超える大きさに見える。
みんなで分け合って食べても余るんじゃないかと思うくらいだけど、それでもすぐになくなっちゃうらしいから、よっぽどおいしいのだろう。
「あのクラーケンについている旗や紐って何ですか?」
感心したようにクラーケンを見つめていたネクターさんが、クラーケンの触手のあたりを指さした。
「あぁ、あれは売約済みって意味だな。部位と量を指定できるんだ」
「なるほど。解体してから売るわけではないんですね」
「解体には時間がかかる。全て解体が終わる前に、先約するんだ」
「そっか、これだけ大きいと解体するのも大変ですもんねぇ……!」
「他にも面白いものも見られるわよ? 一緒に見てみる?」
「ぜひ!」
スメラさんがちょいちょいと私たちを手招きして、クラーケンの方へと近づく。
もはやクラーケンの卸売り場と化している漁港の一角を通り過ぎて、もう一つの青色のテントの方へと向かう。テントの入り口に立っていた男の人がビシリと敬礼した。
「お勤め、ご苦労さまです! 失礼ですが、そちらの方々は?」
「私とフィーロの連れ。それに、昨日の英雄よ?」
「はっ! それは失礼いたしました! 念のため、こちらで確認を」
軍服とも白衣ともつかぬ服装の男の人は、スメラさんに頭を下げると、続けて私たちの方へと一枚のガラス板を差し出す。
「これは?」
「生体認証デバイスよ。シュテープにもあるでしょう? 原理は少し違うけどね」
スメラさんに「手をかざして」と促され、私は素直に手を近づける。
ポォンッと軽い音がしたかと思うと、私の身体情報から出生、その他もろもろの経歴が一気に画面へと表示される。
「おわぁっ⁉」
「ふふ、安心してちょうだい。セキュリティ対策は万全だから。フランちゃんが悪い人じゃないって証明するためだけに使用するわね」
続いてネクターさんもおっかなびっくり端末に触れる。
どうやら本人とスメラさんたち以外には情報は見えないようになっているらしく、ネクターさんの出生やら経歴は、私の目には見えなかった。
「さ、これで登録完了」
「お二人とも、お通りください」
男の人にテントの入り口を開けてもらって、私たちはスメラさんとフィーロさんによって中へと案内される。
「わぁっ!」
テントの中は、まるで実験室みたいになっていて、たくさんの何に使うか分からない道具や、大きな機械がたくさん並んでいた。
「ここは?」
ネクターさんもキラキラと目を輝かせてあたりを見回している。機械好きの彼にすれば、たまらないテントだろう。
「魔法科学研究所の出張テントよ。クラーケンの解体にも魔法が使われるからね。それに、クラーケンは魔法研究の貴重な検体だから」
スメラさんは「危ないから機械には触らないでね」と私たちに注意を付け加えて、テントの更に奥へと歩いていく。
奥で作業をしていた一人の男の人にスメラさんが声をかける。彼は、私たちにも気づいたようで、動かしていた手を止めた。
やっぱり彼も入り口にいた男の人同様、軍服のような、白衣のような、不思議な服装だ。
「紹介するわ。魔物研究の第一人者、リチャードよ。おいしいクラーケンの部位を確保してくれる係でもあるの」
冗談っぽくスメラさんがリチャードさんを紹介すると、彼は困ったように笑った。
「まったく、君は昔から魔法だけじゃなくて人使いも荒いよね」
「それで? 今回はどうだったの?」
「おかげさまで売れ行きは好調。君たちの分を確保するのは骨が折れたね。クラーケンの解体よりも大変」
肩をすくめたリチャードさんをスメラさんが小突く。二人はかなり仲が良いらしい。
「ちゃんと奥に隠してあるよ。ランチにするかい?」
「最高ね。一緒に行きましょ」
「おっと、その前に。フィーロ、君に頼んでいたアクアサルトの瞳を回収したい。ずっと持ち歩いているのは危険だろう?」
リチャードさんが立ちあがったついでに、と言わんばかりにフィーロさんの方へ手を差し出す。
アクアサルトの瞳……。聞き覚えのあるその単語に、私とネクターさんは顔を見合わせ――「あ!」と声を上げた。
「ごめんなさい、そのアクアサルトの瞳! 私の代わりに、フィーロさんがフェニックスさんのお代にしてくださって!」
フィーロさんは悪くないんです!
私が慌てて謝ると、リチャードさんが不思議そうにこちらを見つめる。
「そうなのかい?」
「あぁ。急ぎの郵便があって、代金として支払った。しばらくこっちに滞在するから、近いうちにまた取って来る」
「へぇ……君がねぇ……。ちょっと意外だな」
リチャードさんは取りたてて怒った様子もなく、しげしげと珍しそうにフィーロさんを観察している。
フィーロさんはと言えば、どこかやりにくそうに視線を外して「いいだろ、別に」とそっぽを向いてしまった。
「まあ、急ぎじゃないしかまわないさ。頼んでいるのは僕の方だしね。そういうことなら、ランチへ行こう」
リチャードさんがにっこりと笑って歩き出す。フィーロさんとスメラさんも特段気にした様子はない。気を遣ってくださったのかもしれないけれど、おかげで私も思いつめずに済んだ。
なんで危険なアクアサルトの瞳を持ち歩いていたのか。
その理由も、フィーロさんが魔女で、魔法研究に使われるためなんだろうと、あの時のことも今更ながらに理解できた。
いつか、アクアサルトも食べられるようになったり、人の病気を治す薬になったりするのかも。
テントの奥のカーテンが開けられ、リチャードさんが「さぁ、どうぞ」と私たちを案内する。
ドン! とカッティングボードの上に鎮座するクラーケンの触手が目に飛び込んでくる。
「うわぁっ!」
人の腕以上はあるように見える。その大きさに思わず声を上げれば、スメラさんも満足そうに笑った。
「さ、行きましょ。良いお店を知ってるの。調理してもらわなくちゃ」