201.イッツクラーケンフェスティバル!(1)
翌朝。
嬉しい思い出と共に眠りについた私は、大砲を打ち鳴らすような轟音で目が覚めた。
慌ててバルコニーへと駆け出して外を見れば、港の方からドンドンと何かが空に放たれている。
音から数秒ほど遅れて、ズパルメンティの空には何発もの昼花火……ならぬ、朝花火が上がった。
「な、何事ですか⁉」
さすがのネクターさんもこれには眠っていられなかったらしい。
寝癖がついたままの状態でこちらに駆けよってきて、急いだ様子でメガネをかける。
「……花火?」
「っていうか、ネクターさん見てください! ほら! 漁港がなんだかお祭りみたいになってます!」
空にばかり気をとられていたけれど、視線を下ろせば、そこには大量の旗や布で鮮やかな飾りつけを行っている露店が見える。
漁港の中にまで立ち並ぶ露店は、昨日は見なかったものばかりだ。
どこのお店の人も慌ただしそうに準備中。軍人さんや警察官の人たちも、何やら大きな看板を立てたり、拠点を立てたりしている。
「お祭り、ですかね?」
「そう、かもしれませんね……。もしかしたら、夢、かもしれませんが」
まだ少し寝ぼけているのだろうか。ネクターさんはメガネの下に指をくぐらせて何度もゴシゴシと目をこすっている。
「もしかして、フィーロさんが言ってた恒例のアレって、これのことなんですかね?」
「そう言えば、そんなことをおっしゃっていたような……。シュテープの朝市みたいなものなのでしょうか? この時期に開催されるお祭りとか……」
そんなことは観光ガイドには載っていなかったような気がするけれど。
ネクターさんもようやく頭が回ってきて私と同じ疑問を抱いたのか、不思議そうに喧騒あふれる港町を見つめた。
*
「フィーロさんっ! スメラさん!」
ホテルの下で二人の名を呼べば、人ごみをスイスイと縫うように美人お姉さまコンビが私たちの前へと姿を見せた。
「お待たせ」
「昨日ぶりね、よく眠れたかしら?」
「はい! すっごく!」
「フランはなんだか嬉しそうだな」
「えっと、お祭りっぽくてワクワクしてるっていうのもあるんですけど、昨日の夜に、ちょっと嬉しいことがあって」
「あら、そうなの? その話、詳しく聞きたいわ。どこかでランチにしながらにしましょ」
スメラさんが提案すると、フィーロさんも「そうだな」と歩き出す。
二人はこの喧騒にも慣れているみたいで、どこか目的地があるのか、迷うことなく足を進めていった。
私たちも二人とはぐれないように一生懸命後を追う。
「それにしても、このお祭り騒ぎは一体何なんですか?」
「クラーケンフェスティバルだ」
「クラーケンフェスティバル?」
ネクターさんの問いにフィーロさんが振り返らず答えてくださった。けれど、その答えがなんだかよく分からなくて、結局私とネクターさんは首をかしげる。
少なくとも、シュテープでは聞いたことのないお祭りだ。
「クラーケンを討伐したお祝いでもあるし、水揚げされたクラーケンをみんなで食べるイベントでもあるのよ」
説明を付け加えてくださったのはスメラさんで、彼女はパチンとこちらにウィンクをひとつ。
「クラーケンを食べるイベント!」
「ふふ、あの大きさだからね。討伐されたものを回収して、水揚げして、みんなに振舞うの。被害にあった人もいるし、その補填でもあるわ。だから、軍やら警察もこうしてたくさん揃ってるってワケ。一応、クラーケンが生きていたら大変だしね」
スメラさんが周りの軍人さんや警察官の人を視線で示しつつ、人ごみの向こうに見える大きな真っ白のテントを指さす。
「あそこは、被害にあった人への配給所。クラーケン災害にあった人は、みんな無料でクラーケンが食べられるわ」
「すごいです! クラーケンっておいしいんですよね⁉ それが食べられるなんて……。被害にあった人は大変だけど……おいしいものが食べれるなら、気持ちも明るくなりますね!」
もちろん、クラーケンを食べることが出来たからって、お家が水浸しになった現実は変えられないだろうし、悲しみは癒えないかもしれないけれど。
それでも、何もないよりはマシだ。ご飯を食べれば、少なくとも体は元気になるし!
「そうね。クラーケンフェスティバルって、そういう再建の意味もあって、みんなが少しでも幸せになるようにって考えられてるのよ。昔から、ズパルメンティの伝統なの」
穏やかに微笑むスメラさんは、配給所の方へと視線を向ける。
みんな被害にあったとは思えないくらい、嬉しそうにクラーケンのお料理を頬張っていて、私もつられて笑みがこぼれた。
「行くぞ」
フィーロさんの声に促されて、スメラさんと私は我に返った。おしゃべりしている間に、フィーロさんとネクターさんの二人から離れていたらしい。
「フィーロの代わりにクラーケンフェスティバルがなんたるかを説明してあげてたんだから、ちょっとくらい待ってもいいじゃない」
「別においていってもかまわないが。取り分が少なくなるぞ」
「取り分?」
「あぁ、ほら。またフィーロが言葉足らずだから、フランちゃんがきょとんとしてるわ」
「……悪かったな。クラーケンは、みんなで分け合うもの。優先順位はあるが、金を出せばだれでも買える仕組みだ。今回は、スメラと一緒に四人でクラーケンを討伐したから、タダでもらえるけど。早くいかないと買い占められて、ほとんど手元に残らない」
フィーロさんはクールな表情のまま説明してくださったけれど、それってつまり。
「みんなに買い占められたら、私たちは食べられないかもってことですか?」
「そういうこと」
「どうしてそれをもっと早く言ってくださらないんですか! なくなる前に行かないと!」
それは困る! 大変困る!
私が「行きましょう!」と先頭を切って走り出さんとすれば、後ろから「危ないですよ!」とネクターさんの制止が聞こえる。
「はやく~!」
今までと変わらず歩くフィーロさんたちを急かすように振り返れば、三者三葉の表情を見せた。
「もうすぐそこだ、急がなくていい」
最も困ったように笑っていたフィーロさんに「ほら」と示された先――
振り返ると、漁港の一角に大きなクラーケンの姿が見えた。