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196.入国と別れ、代わりに

 見慣れないたくさんの軍事機器や、慌ただしい漁港の人たちの間を縫ってフィーロさんが案内してくれたのは、ズパルメンティ第一区役所だった。


「綺麗な建物……!」

 どっしりとした横にも縦にも大きさのある建物は、まるで一つの宮殿を見ているかのようだ。

 少しシュテープの建物にも似ている造りだけれど、シュテープのものよりも古くから建っているんじゃないだろうか、と思うほどの威厳がある。


 周りのカラフルな建物に対して、役所だけが真っ白な外壁になっているのもより美しさを際立たせているような。

 無駄な装飾は一つもない。周囲の建物や水路、空とのコントラストだけで十分だ。


「ただの役所だ」

「でも! すっごく素敵です! お城みたい!」

「他の国もおもしろい建物は多かったですが、ズパルメンティは比較的古い建物が多いですね」

「土地が土地だからな。耐えられるよう頑丈な構造にしてあるんだろう。その結果、壊れることなく長く使われてるってことだ」


 たしかに、これほど海が近いと塩害もあるだろうし、そもそも水路が多くて地盤は緩い。

 昔の人は相当気合を入れて建物をたてたんだろう。


「あぁ、そうだ。入る前に……」

 フィーロさんは周りに人がいないことを確認すると、スイ、と私たちの方へと指を動かした。

 瞬間、ふわりとあたたかな風が吹いて、濡れたままになっていた私たちをあっという間に乾かす。


 クラーケンを倒したものよりもうんと優しい魔法。

 私とネクターさんがお礼を言えば、彼女は「風邪をひかないようにね」とうなずいた。


「ひとまず、これで大丈夫」

 自らの服も乾いていることを確認して、フィーロさんは役所の中へと入っていく。

 私とネクターさんはしげしげと周囲を観察しながらフィーロさんについていき……再び、建屋の中で「ふぉぉ」と感嘆の声を上げた。


「天井にすっごく綺麗な絵が描いてあります!」

「ズパルメンティの美しい海が空に浮かんでいるみたいで……なんとも幻想的ですね」

「……そこまで喜んでもらえるとは思わなかった」


 フィーロさんにとってはたかだか役所なのだろう。

 けれど、私とネクターさんはその美しい絵画に目が釘付けになってしまう。鮮やかなオーシャンブルーに彩られ、星座を模したような幾何学(きかがく)模様が天井に描かれているさまは、宮殿どころか神殿の間違いではなかろうか。


「ひとまず、入国手続きをしよう。あっちのカウンターだ」

 フィーロさんに促されて我に返った私たちは、それぞれのカードで入国手続きをすませる。

 専用の機械にカードを通せば、ピピッと軽い音がして完了。ずいぶんと簡単な手続きだ。

 シュテープとはそのあたりのシステムも違うのだろう。


 入国手続きを終えた私たちに、フィーロさんが

「座って少し待っていてくれ」

 と声をかけた。

 言われるがまま、私とネクターさんは近くのソファに腰かける。


 彼女は役所の奥の方にあるカウンターへと向かっていく。

 何やら二、三言カウンターのおねえさんと話をしたかと思うと、いくつかの冊子を受け取って戻ってきた。


「ズパルメンティの観光案内マップ。こっちは宿ガイド」

「わぁ! ありがとうございます‼」

「案内出来なくてすまない」

「全然大丈夫です! むしろ、色々とありがとうございました!」


 フィーロさんともここでお別れか。

 明日のお昼も一緒に食べてくれると聞いたけれど、それ以降はもう会えないのかもしれないと思うと少し寂しい。

 旅は出会いと別れの繰り返しだ。


「あぁ、そうだ。それから……」

 フィーロさんは、ネクターさんの方へ一枚の封筒を差し出した。


「これを医者に。紹介状だ。腕の良い医者だから、役に立つと思う」

「ありがとうございます」

 ネクターさんは封筒をしっかりと受け取って、深く頭を下げた。


 魔法使いであるフィーロさんが「腕の良い医者だ」というのだから、きっと間違いはないだろう。

 ネクターさんの味覚がもっと戻ればいいな。


「後は……そうだな。これは、二人に」

 フィーロさんは封筒とは別に、くしゃくしゃになった小さなチケットを取り出す。


「これは?」

 薄青い、半透明のチケット。セロファンみたいな特殊な素材で出来ていて、金色の文字で何か書かれている。見たことのない文字だ。ズパルメンティで使われている特殊な文字だろうか?


「うまい店を紹介すると約束しただろう」

 フィーロさんは少しバツが悪そうに顔をしかめた。

「……とはいえ、約束はしたが、自信はない」


「これが、そのお店のチケットってことですか?」

「あぁ。昔、子供のころに一度だけ行った店で――とても美しい場所だった。場所の記憶が強すぎて味は忘れたが、不意に思い出してな。まだその店があるかも分からないが、あればそのチケットが使えるはず」


「でも、これって、フィーロさんにとっては大事な思い出の品なんじゃ……」

 ずっと持ち歩くほど大切にしていたのだ。フィーロさんが、食べたものの味を忘れちゃうくらい美しい場所だったと思うのなら、もう一度そこに行きたくて持っていたんじゃないだろうか。


「少し前までは、そうだったかもしれないが……正直、今になってはもう行けなくてもかまわない。この世界は、もっと面白いものや、綺麗なものであふれているから」


 フィーロさんは綺麗に笑う。

 魔法使いとなったフィーロさんにとっては、この世界の方が何倍も美しくて価値があるのだろう。


「それじゃあ、遠慮なく!」

「感想を楽しみにしてるよ。それから、シュテープに行くときはおいしい店を教えてくれ」

「もちろんです!」


 私はチケットを握りしめて、なくさないようにとカバンの中へしまいこむ。

 空いた手で、フィーロさんの手を握った。


「フィーロさん、それじゃあ、また明日! いろいろとありがとうございました!」

「あぁ。二人の旅が良いものになるように祈ってる。まずは、良い宿を見つけて」


 フィーロさんがひらひらと手を振って、一足先に役所から出ていくのを、私とネクターさんは最後まで見送った。


「さ、まずは宿探しですね」

 ネクターさんに促されて、私たちも役所を出る。

 水の国、ズパルメンティでの旅が始まった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] フィーロさんの面倒見が良すぎて惚れそう、素敵でございますお姉様ッ! 場所のインパクトが強くて味を忘れるほど、とは。どれだけ美しいお店なんだろうか……期待が高まりますな。 *⸜(* ॑꒳ ॑…
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