194.サプライズな魔法使い
「それにしても、フィーロさんが魔法使いだったなんて……」
港へと向かう水上機の中。私はついつい前に座っているフィーロさんへの驚きをこぼしてしまう。
だって、魔法使いなんて人生の中で一度でも会えればいい、そんな風に言われている存在なのだ。
少なくとも、シュテープじゃ両手で数えるほどしか存在していないと聞くし、それはおそらく世界中どこを探しても似たようなものだろう。
「あら、私だって魔法使いよ?」
「最初から分かっているから、驚きがないだけだろう」
不満げなスメラさんに、フィーロさんはなぜか勝ち誇ったように返す。
二人とも、魔法使いであることに誇りを持っているようだ。
「っていうか! そうですよ! 魔法使いが二人もそろうなんて……。夢みたいです。クラーケンもあっという間に倒しちゃうし……」
「そうですね。まさに、魔法の成せる技というか……。僕ら凡人には、少々刺激が強すぎると言いますか」
先の戦闘が相当参ったらしい。オブラートに包んではいるものの、ネクターさんの表情には苦々しさがありありと浮かんでいる。
魔法を見たら普通は感動するんだろうけれど、その威力を肌で体感したせいか、ネクターさんは少し引き気味だ。
「魔法使いは、基本的に身分を公にしないの。だから、二人とも、このことは内緒にしておいてちょうだいね」
スメラさんはパチンとウィンクをして見せると、「今回は協力してもらったから特別だけど」と付け加えて笑った。
「そもそも、フィーロは紅楼国でドラゴンハンターをしているけれど、狩りの時に魔法は使わないわ。それに、私だって普段はズパルメンティの魔法科学研究員として働いてるのよ」
「そうなんですか⁉」
「あぁ。ドラゴンハンターのメンバーは知っているが、他の人間には言ってない」
「それじゃあ、フィーロさんが以前、実力を試したかったと言ってらっしゃったのは……」
ネクターさんが思い出したように呟くと、フィーロさんは小さくうなずく。
「魔法なんてものに頼らずに、自分の力でどこまでやれるのか試したくてね」
もしも魔法が使えたら、私だったら魔法で全部楽しちゃいそうだけれど。フィーロさんはどうやらそうではないらしい。彼女なりの考え方があるのだろう。
「それに、普通を知らなくちゃ、今の世の中でうまくはやっていけないさ」
「……耳が痛い話です」
天才料理人として名をはせたネクターさんは思うところがあったみたいで、静かに苦笑した。
「まあ、人それぞれだ。スメラみたいなやつもいるし」
「天から与えられた才能だもの。使わなくちゃもったいないでしょう? それに、魔法を研究すれば、もっと世の中が便利になる可能性もあるもの」
スメラさんは魔法科学研究所で働いていると言っていたし、そこで魔法をフル活用しているのだろう。
先ほど私たちが戦闘に使ったガラス瓶だって、おそらく魔法を閉じ込めた特殊な道具。
もしかしたら、他にもさまざまな便利道具を作っているのかもしれない。
「本当に、魔法使いなんですねぇ……」
改めてその事実を噛みしめると、前に座っている二人が揃って笑った気配がした。
「くどいようだけど、秘密にしてちょうだい。魔法の威力は分かったでしょう? 私たち魔法使いって、とっても強いけど、その分狙われちゃうのよ」
「さすがに人相手じゃ魔法を打つわけにもいかないしな」
魔法使いといえど人間。銃に撃たれれば命を落とすし、大勢の人間に囲まれてしまったら逃げるすべはない。
だから、普段は自分のことを知らない場所――それこそ、フィーロさんのように他国で生活をするか、自分を守ってくれる場所――スメラさんのように魔法に関する機関に属しているらしい。
「魔法使いも大変なんですね……。私、すごく格好良くて、ヒーローみたいな存在思ってました!」
「そういう人もいるにはいるわよ」
「ですが、お二人のおっしゃる通り、あの魔力を悪人に利用されてはひとたまりもありませんね。国一つ簡単に破壊出来てしまいそうですし……」
「ネクターの言う通りだ。だから、魔法使いは自らの存在を秘匿する」
「……あれ? 待ってください! それじゃあ、さっきあんなに派手にクラーケンを倒して大丈夫だったんですか⁉」
あれだけ派手な立ち回りをしたのだ。少なくとも、この水上機の存在はバレているだろうし、今、船の中を調べられたらフィーロさんがいなくなっていることもわかる。
それはまずいんじゃないだろうか。
今の時代、個人情報の特定は思っているより難しくない。
「大丈夫よ、すでに根回し済みだから」
スメラさんはクスクスと微笑む。
「素直な子ってかわいいわね。フィーロが二人を協力者に選んだ理由が良く分かったわ」
「それだけじゃない」
「えぇ、知ってるわよ。でも、特にお気に入りなんでしょう?」
「その言い方は好きじゃないな。フランは上客だが……友人だ」
ぼそりと呟いたフィーロさんは、照れくさそうに窓の外へと顔をそむける。
友人! 私がその言葉に目を輝かせると、ネクターさんが隣で「良かったですね」と優しく微笑んでくださった。
「二人が信頼できない人だったら、記憶を消すことだって考えていたけれど。これなら、問題なさそうね」
「記憶を消す⁉」
「ふふ、冗談よ。魔法も万能じゃないわ。本当に消えるのは、記憶じゃなくて存在ね」
「存在を……⁉」
私とネクターさんがあんぐりと口を開けると
「悪趣味なジョークはやめろ」
とフィーロさんがすぐさま鋭くスメラさんを咎める。スメラさんは「あら、ブラックジョークってうけないのかしら」と首をかしげた。
「安心してくれ。記憶も存在も消さない。だけど、約束はして」
「も、もちろんデス」
ジョークかどうか分からないから、他言無用にするに決まっている。
死ぬまでネクターさんと二人で心の中にとどめておきます!
「驚かせるつもりはなかったけど……。クラーケン狩りと合わせて、貴重な経験になったと思ってくれるなら嬉しい」
フィーロさんはこちらへ振り返ると、ふっと口角を上げた。
「そろそろ港が見える。ようこそ、ズパルメンティへ」
水上機がゆるやかに高度を下げる。
窓の外へと目をやれば、海に点々と島が浮かんでいるような、ズパルメンティ独特の地形が広がっていた。




