186.珍味遭遇、宝石島(2)
「うわぁ……岩だぁ……」
私たちの真ん中に置かれた一つのお皿。その上に鎮座するお料理――おそらくお料理であろうものに私の口から思わず声が漏れた。
感想というには少し、いや、かなり、語彙力が欠如していることは間違いないけれど。それ以上でもそれ以下でもないのだから仕方ない。
デンとお皿に乗った岩。
しかも、なんだか赤い鉱石のような何かが表面に点々とついていて、それがまた食欲を減衰させる。
「……これは、本当に食べられるのでしょうか」
ネクターさんの顔はすでに真っ青だ。料理人として、今まで数々のお料理を食べてきたであろうネクターさん。そんな彼でも、さすがに岩は料理として認められないらしい。
「うまいぞ」
「正直、きもいですし……っていうか、これどうやって食べるんですか?」
さすがの私も及び腰でツンツンと岩をつつけば、岩はゴロリと姿勢を変えた。
「これで切る」
お皿と一緒に運ばれてきたサバイバルナイフを持ち上げたフィーロさんは、戸惑いなく岩へとそれを突き立てる。
「ほわぁっ⁉」
「おぉぉ……」
岩からぴしゃりと水が飛び散って、私とネクターさんは思わず手で顔を覆った。
岩を切っている張本人フィーロさんは気にするでもなく、ナイフをそのままどんどんと引いていく。
不思議なことに、岩はスルスルと切れて――最終的にはパクリと二つに割れてしまった。
「この中身をスプーンですくって食べるんだ」
ほら。そう言って見せられた断面は、まるで熟したトマトのように真っ赤で、見た目はゼリーのよう。
「綺麗、とは、言えないですけど……! でも、まさか中がこんな風になってるなんて思いませんでした!」
「味は保証する。食べてみな」
フィーロさんは切った半分を私の方に差し出してくださって、私はおずおずとそれを受け取るしかない。
「わぁぁ……正直、ちょっと、後悔してます……」
ひとまずスプーンを握って、ちょいちょいと赤い表面をつつけば、むにりと何とも言えない感触がした。
「はい、ネクターも」
「あ、ありがとうございます……」
ネクターさんと二人で顔を見合わせて、先にどちらが口へ入れるか声には出さず協議する。
いつもなら、私が先に食べるんだけど――
「い、いきましょう……」
さすがに主人に毒味をさせるわけにもいかないと思ったのだろう。
腹をくくったようにネクターさんがスプーンを岩の断面へと差し込んで……ゆっくりと、それを持ち上げた。
真っ赤な身がプルプルと揺れる。
あ、でも……身の状態だけならおいしそうかも……。
「そのソースにつけて食べると良い」
フィーロさんに促されるまま、ネクターさんは添えられていたソースにスプーンをくぐらせた。
味付けが出来たら後は食べるのみ。
ネクターさんはゴクン、と唾を飲み込んで、スプーンをゆっくりと口へ運ぶ。
そのまま静かにスプーンが口の中に運ばれると――ネクターさんは、もきゅもきゅと何度か口を動かして黙り込んだ。
「……ネクターさん? だ、大丈夫ですか?」
もしかして、口に合わなかったとか? それとも、繊細な味でネクターさんにはあまり味が分からなかったのかも。
ネクターさんを覗き込むと、彼はガバリと顔を上げる。
「これは悪くないですね!」
キラキラと輝くアンバーの瞳は、その岩の塊から出てきた赤い身の味を雄弁に語る。
「お嬢さまもぜひ。おそらく、僕よりもおいしく感じられるはずです」
ネクターさんに急かされて、私も恐る恐るその岩をつつく。すくいとった身は思っていたよりも弾力があった。
「……それじゃあ、いきます!」
ソースにくぐらせて――えぇい! ままよ!
パクリ。スプーンを口の中へほうり込む。
ツルンとした口当たりなのに、噛むとむにむにと貝のような食感でおもしろい。
それに、なんていうか……。
「ウニみたいです! 磯臭い感じがまた、このレモンとコリアンダーのソースに合いますね! 匂いもすっごく爽やかになって食べやすいです!」
しかも、噛むほど染み出る塩味が、またなんとも良いバランスだ。
「正解。これは、鋼鉄貝の仲間」
さすがはフランだね、とフィーロさんがスプーンを置く。
「岩じゃないんですか⁉」
「まさか。岩みたいな貝だよ」
二人があまりにも面白いから、とフィーロさんに言われ、私とネクターさんはしてやられた、と二人で顔を見合わせる。
「ズパルメンティは魚介類が豊富に採れるとは知っておりましたが……まさか、こんな貝がいるとは思いませんでした」
「ズパルメンティでも、この辺りでしか取れないから」
「やっぱり、この宝石の島が関係しているんでしょうか?」
「さぁ。詳しいことは知らない。でも、鉱物に含まれる物質が関係してることはたしか」
フィーロさんの解説に、ネクターさんはうんうんとうなずいて、
「後で少し、お店の人に詳しく聞いてきても良いですか?」
と興味深そうに貝を観察している。もちろんです、と答えれば、彼は嬉しそうに二口目を頬張った。
「ね、うまいだろ」
フィーロさんに微笑まれ、私もコクコクとうなずく。
「貝で良かっです! 見た目がすごくてどうしようかと思いましたけど、本当においしいし! この歯ごたえもいいし、香りも! 海の味って感じで! ウニよりも大味な感じも、すごく舌に残って、おかずとして十分食べれます!」
私は、自らの言葉にはっと気づく。
目の前にあるのは、この岩みたいな貝だけじゃない。一緒に出されたオリーブのパンも、だ。
「これ、もしかして……」
パンにソースをたっぷりつけた身をのせてかぶりつく。
「ん!」
やっぱり! これだ! おいしい!
パンから染み出るオリーブのコクに、レモンとコリアンダーの爽やかな香り、そこにこの貝の大味、塩気が絡まって……。
「最高です~~~~っ!」
パンの食感と貝の食感の違いもおもしろいし、本当においしい……。
「シュテープでも売れる?」
「それはちょっとわかりませんけど……とにかく、見た目以外は満点です!」
宝石の島、恐るべし。
見た目で中身を判断しちゃいけないって勉強になりました!
「岩さん、ありがとう……」
私がペコリと頭を下げると、ネクターさんとフィーロさんが不思議そうに首をかしげた。




