185.珍味遭遇、宝石島(1)
船旅も五日目の朝。
境界線を越え、ズパルメンティの領海へと入った船は二つ目の離島へと寄港した。ここで食材を補充する。今日の夜からはズパルメンティの食事になるらしい。
「なんだか不思議な雰囲気ですね!」
「紅楼とズパルメンティのちょうど間に位置しているからかもしれません。あまり人もいないようですし」
私と共に下船したネクターさんも、島の雰囲気にほぉっと息を飲む。
石を荒く削り出した柱が砂浜のそこら中に立ち並んでいる。岩山の多い紅楼に似ているような気もするけれど、岩肌が白っぽいせいか、やっぱり紅楼とは違う国に見えた。
「たくさん岩の柱が並んでるけど……どれも変わった形ですね。ほら、あれとかお魚みたいでかわいいです!」
「何か意味があるんでしょうか?」
「意味はない。観光用だ」
「「えっ……」」
あっさり現実を突きつけられ、私とネクターさんがしょんぼりすると、フィーロさんは「だが」と慌てたように付け足した。
「ズパルメンティの建築基礎はここで築かれた。何より、ここは宝石の産地でもある。だから、その……岩を削っていろんなモチーフを柱に見立てているらしい」
「建築の基礎?」
「宝石の産地⁉」
私とネクターさんがそれぞれに反応を示すと、フィーロさんは私たちを見比べて苦笑する。
「ズパルメンティの建物は、ほとんどがラグーナに建てられてるから。やわらかい地面に大きな建物を建てるには、それなりの基礎が必要になる。この島は、それが最初に確立された場所」
「ラグーナ?」
「ズパルメンティみたいな土地のこと。水深が浅くて、砂地とか干潟が多い場所のことだ」
まずネクターさんの質問に答えたフィーロさんは、私の方へと向き直ると
「ここは宝石がたくさん採れる島。集落に行けば、土産も買えるはず」
私の質問にもさらりと答えてくださった。
「はわぁぁ! 素敵です! 早速行きましょう!」
なるほど、それで岩の柱が観光用に! ナイス岩柱です!
お母さまたちは主に食料や飲料を貿易で扱っていたから、あんまり詳しく知らなかったけど。そういう場所もあるよね!
「お嬢さまは宝石がお好きなのですか?」
「欲しいと思ったことはないですけど、綺麗なものは好きです! かわいいものも!」
「せっかくなら、奥さまにプレゼントされますか?」
「いえ! お母さまは、石より食べ物です! でも、ちょうど良いのがあったら、クレアさんに送ろうかと! クレアさんなら、宝石とかもうまく雑貨にするんじゃないかなって」
「クレア?」
「はい! シュテープで知り合った素敵な雑貨屋さんのお友達です!」
「そう。それなら、ちょうど良いのも見つかるかも」
フィーロさんは相槌を打った後、思い出したように振り返る。
そのまま軽く足で砂を蹴り飛ばすと、海風にさらわれた砂がキラキラと輝いた。
「ちなみに、この島は砂浜にも宝石が埋まってるから。自分で探すのも楽しいかもね」
「それを早く言ってください! 絶対探します!」
いっぱい踏んじゃってたってこと⁉ やばい! 意識したら、地面に足がつけられない!
どうしよう、とぴょこぴょこ地面を跳ねると、フィーロさんが珍しく声を上げて笑った。
「大丈夫、ちょっとやそっとじゃ壊れないよ」
一緒に探そうか、とフィーロさんがしゃがんで、軽く足元の砂をはらっていく。
砂浜に宝石が埋まってるなんて、夢物語みたい!
私もしゃがみ込むと、ネクターさんも付き合うと言わんばかりにしゃがみこんだ。
*
私の手が小さな宝石みたいな欠片でいっぱいになったのは、お昼過ぎ。熱中していて、すっかり時間を忘れていた。
おなかがすいて、現実に戻ったようなもので。そうでなければ一日中、夢中になって探していたかもしれない。
「結構集まったね」
私の手元をのぞきこんだフィーロさんが少し驚いたように目を見開いた。
「これ、あげる」
ついで渡されたのは小瓶だ。手に持っていた宝石の欠片を入れれば、小瓶はカラフルな宝石に満たされる。
「お昼にしましょうか」
立ち上がったネクターさんもすっかり夢中になっていたらしい。固まった体をほぐすようにめいっぱい体を伸ばした。
「集落は向こう」
岩柱が点々と並ぶ砂浜の奥、ヤシや南国の花々が群生している場所を指さして、フィーロさんは先頭を行く。私たちもフィーロさんに続いて、緑の方へと歩いた。
「この辺りは何が食べられるんですか?」
「岩」
「え⁉」
またフィーロさんジョークだろうか。
嘘ですよね、と私がフィーロさんを見つめると、彼女は至って真面目な顔だ。
「……本気ですか?」
コクリと静かにうなずいたフィーロさんに、私とネクターさんは目を合わせるしかできない。
「それって、味は……?」
「うまいと思うけど」
「……本気ですか?」
二度目となる同じ質問に、フィーロさんも同じ反応を返すだけ。
いよいよネクターさんも諦めたのか遠くを見つめて「ずいぶんと遠いところへ来てしまいましたね」と呟いた。
「まあ、食べればわかる。岩以外もあるよ。魚とか、果物とか」
「良かったです! 岩は……うぅん……」
「さすがのお嬢さまも、岩は食べられないのですね」
「いえ、食べてはみたいと思うんですけど! その! 歯が負けるといけないので!」
奥歯で噛むべきか。それとも、前歯で少しずつ削りながら食べるべきなのか……。
いや、そもそも岩を食べるって何? 経験がなさすぎて何も分からないです!
「……お嬢さまのその感性は、やはり少しうらやましいです。僕は正直、岩は食べたくありませんから」
苦笑いを浮かべるネクターさんに、フィーロさんが軽く彼の肩をたたく。
「大丈夫。死にはしない」
いまいちずれたフォローの仕方に、ネクターさんの顔がますますひきつった。
どうやら、フィーロさんの中ではすでに岩を食べることは決定事項らしい。
そんなにおいしいものなんだろうか? 逆に気になってきました、フィーロさん……。
「よし……! 食べてみましょう! 岩!」
口に出してみてから違和感がすごいことに気が付いてしまったけれど、もう後には戻れない。
私は「えいえいおー!」と拳を上げる。
ネクターさんは、そんな私と、私の隣で満足げにうなずくフィーロさんへと交互に視線を送り――やがて、「本気ですか」と私のセリフを奪ってため息を吐いた。




