183.フェニックスさんとの再会
島を観光していると、フューイ、と鳴き声がした。
顔を上げた途端、大きな影が私たちを覆う。
太陽の光を浴びて赤くきらめく羽に「あ!」と私の口から声がもれた。
『久しいな、テオブロマの娘』
バサリ。美しい翼をたたんで優雅に着地したのは、郵便配達専門の魔物――フェニックスさんだ。
「もしかして、パニストの時のフェニックスさん⁉」
『然り』
お母さまたちへパンを届けてほしいと郵便を頼んで以来だ。まさか、こんなシュテープから離れた小さな島で会おうとは。
『……おや、ソッチの娘は……』
フェニックスさんが私の隣に並ぶフィーロさんをチラと窺うと、フィーロさんはパチパチと数度瞬きをするだけ。
まだ、現状に追いついていないのかもしれない。フィーロさんはフェニックスさんと私がシュテープでの知り合いだって知らないもんね。
フェニックスさんも、それ以上特に何か言うわけでもなく、フュイ、と小さく鳴くにとどめた。
「フェニックスさん、こんなところまでお仕事に来るんですか?」
『それが我らの使命だからな』
「ほぇぇ……すごいです! かっこいいです」
『褒めても何も出んぞ』
そうは言いつつも、フェニックスさんはフュイ、と得意げに一鳴きして、私の手元へと視線を移した。
『郵便か?』
「運んでくれるんですか⁉」
『かまわん』
ちょうど、島での特産品だという竹カゴやお香をお母さまたちへのお土産にしよう、と買ったばかりである。
島唯一の郵便局に向かおうと思っていたところだったから、その手間が省けた。
「えぇっと……お代になりそうなものは何か……」
ガサゴソとカバンをあさっては見るものの、ちょうど良さそうなものがない。
フェニックスさんは食べ物が良いだろうし。
どうしよう、と考え込んでいると
「出そう。代わりに、こちらも頼まれてくれないか」
と、隣でフィーロさんが白い便せんを一枚フェニックスさんの方へと差し出した。
便せんと共にフィーロさんはフェニックスさんへと何かを放り投げる。
キラリと太陽に反射したそれは、宝石のように見えた。
フェニックスさんは器用にくちばしでキャッチしたかと思うと、次の瞬間にはゴクン、と飲み込んでしまう。
「ほぇっ⁉ だ、大丈夫なんですか⁉」
石とかだったら喉に詰まっちゃうんじゃ⁉
私が慌てふためくと、フェニックスさんは『ふん』と小さく首を横に振る。どうやら問題ないらしい。
『受け取った』
「この便箋はズパルメンティ行きだ。住所は便箋に書いてある」
「わ、私のお土産はシュテープのテオブロマ家なんですけど……」
『経由する。問題ない』
フェニックスさんはフュイ、と鳴くと、バサリ、バサリと翼を二度ほどはためかせて空へと飛びあがっていく。
ゆったりと飛行準備をしたフェニックスさんは、こちらを見下ろした。
『そうだ、テオブロマの娘』
「はい?」
『我を食おうなどと、まだ百年は早いぞ』
どこか笑うような鳴き声が空に消えていく。合わせて、フェニックスさんの姿がだんだんと小さくなっていった。
「……お嬢さま」
「フラン、そんなことを考えていたの?」
「えぇっと……まぁ、その……おいしい、って聞いたんで……」
二人の視線が痛い。
っていうか、フェニックスさんもパニストでのことを今更持ち出さなくたっていいじゃん!
フェニックスさんがいつか食べれたらいいな、とは思ってたけど……。そんな日はしばらく来ないらしい。悔しい。
「そ、それにしても! フィーロさんのあれってなんだったんですか?」
フィーロさんが代わりに払ってくださった『送料』へと無理やり話題を変えれば、何を察したか、
「アクアサルトの瞳だ」
フィーロさんはさらりと答えてくださった。
「アクアサルト?」
「ズパルメンティに棲息している魚類魔物の一種だ」
「お魚! ネクターさん、聞いたことありますか?」
「いえ。僕も存じ上げませんが」
「言っておくが、食べられない。人間には猛毒だから」
「え⁉ そうなんですか⁉」
おいしそうな名前に聞こえたのに⁉
肩を落とせば、フィーロさんは「フランは食べるのが好きだな」と呆れたように笑う。
「物好きがいて、過去にアクアサルトを食べた記述が残ってる。無味無臭、ゴムのような食感、だそうだ」
「うわぁ……。ちなみに、食べた方は……?」
「食べて数時間後に亡くなった」
「……アクアサルトは、食べないでオキマス」
ズパルメンティの魔物、恐るべし。
私たち、今からそんな魔物がいる国に行くのか……。
遠い目をする私を元気づけようとしてくださっているのか、フィーロさんが「ただ」と補足する。
「人間には有毒だが、魔物にとっては高い栄養価があるらしい」
「魔物? って! 確かに! フェニックスさんは食べてましたよね⁉ 大丈夫なんですか?」
「問題ない。フェニックスが不死鳥と呼ばれるのは、アクアサルトの瞳を食べるからだ」
さすが、自分の実力を試すために紅楼でドラゴンハンターをしているだけのことはある。フィーロさんはずいぶんと魔物に詳しい。
魔物知識が少ない私とネクターさんは「ほぉ」と揃って声を上げるだけだ。
「アクアサルトの瞳には、魔物の寿命を延ばす効果がある。フェニックスの好物の一つだ」
「だから、フェニックスさんは喜んでたんですね! 代わりに払ってくださって、ありがとうございます!」
「こちらこそ。手紙を出したかったから、ちょうど良かった。ここから船便じゃ時間がかかる」
「大切な人へのお手紙ですか?」
急ぎの手紙と言えばそれくらいしか、と私が尋ねれば、フィーロさんは「いいや」と首を横に振る。
「医者を紹介すると言っただろう? 言い出した以上、責任がある」
「それじゃあ、あの手紙はお医者さまへの紹介状みたいなもの……ということですか⁉」
ネクターさんもまさか自分のためとは思っていなかったのだろう。驚きをそのまま声にのせる。
「気にするな。この間のうまい飯団代だ」
フィーロさんはクールな表情のまま、何事もなかったかのように「そろそろ船へ戻ろう」と歩き出した。
その後ろ姿に私とネクターさんは思わず「かっこいいですね」と声を合わせる。
濃紺のショートヘアが西日に輝いて、まさに王子さまみたいだ。
けれど……。
そうして舞い上がったがゆえに、私もネクターさんも、どうしてフィーロさんがアクアサルトの瞳なんて人間に有害なものを持ち歩いていたのか――この時は気づかなかった。