182.あたたかな熱に包まれて
まとめてお皿に三つ、ぽいぽいとのせられた包子をそれぞれ一つずつ手に取る。
ふわふわの包子は、出来立てだからかまだ熱くて、直接手で持つには早かった。
少し冷ましてから食べるのが通常らしい。
フィーロさんに教えてもらって、手で持つことの出来る温度になるまで待つことに。
「冬にちょうど良さそうですね!」
「冬?」
フィーロさんが不思議そうに首をかしげる。
そっか。紅楼にも、ズパルメンティにも、冬って概念はないんだっけ。
いろんなところを旅していたエンさんはともかく、フィーロさんはズパルメンティと紅楼の往復だ。
「寒い季節のことです! 紅楼の、砂漠地帯の夜みたいな」
「なるほど。シュテープは寒いのか?」
「あったかい季節と、寒い季節があります! その中間も。今はちょうど冬で、寒い時期なんです」
「それじゃあ、シュテープで包子を売れば、きっと大儲けだな」
フィーロさんがクスリと微笑む。
年中暑い紅楼や、紅楼ほどではないにせよ温暖な気候のズパルメンティでは、なかなかこの包子のありがたみは分からないんだ、と言うように。
「ネクターさん! シュテープでも包子って作れますかね⁉」
「どうでしょう……。ドラゴンの角煮は手に入りませんが、似たようなものなら。この蒸しパンが何で出来ているかにもよりますが……」
話している間に、包子も手で持てる温度になったらしい。
フィーロさんがひょいとつまみあげて、包子の蒸しパンを一口サイズにちぎる。
「材料は知らない。後で、店主に聞いてみるか」
「良いんですか?」
「レシピをくれるかは分からないが、聞くだけならタダだ」
フィーロさんが口へ包子の欠片を放り込んだのを見届けて、私とネクターさんも食前のお祈りを済ませる。
自分の包子を手に取ると、ほかほかの蒸しパンが、手からじんわりと体をあたためてくれた。
かぶりつくには少し大きい。フィーロさんを見習って、蒸しパンの部分をまずはちぎってみる。
生地の外側は、お布団みたいにふかふかとしているのに、ちぎるとしっとり、モチモチ感もある。
「おいしそう……!」
蒸しパンだけでこれなのだから、一緒に入っている角煮と食べたらどれほどだろうか。
一口、ちぎった生地を口に入れると、ほんのりと甘くて優しい味がした。
「ふわっふわです……! この蒸しパンだけでもおいしい!」
「中の角煮と芥子菜も一緒に食べてみな」
「はい! い、いきます!」
あーん、と出来る限り大きな口を開けて、包子にかぶりつく。
少し生地をちぎっていたおかげか、一口で中に入っている具材までたどりつくことが出来た。
瞬ドラゴンの角煮がほろりと口の中で溶けるようにして崩れ、ほんのり甘い蒸しパン生地にお肉の脂とタレ、それぞれの旨味がしみ込む。
そこに芥子菜のピリッとした辛味と、シャキシャキの食感が追加されて……。
「んぅ~~~~! おいしいぃ~~~~!」
ほわっと口の中のあたたかさが、心まであたためる。
「角煮のタレと蒸しパンの甘さが最高! しかも、この芥子菜が辛すぎなくて、こう、ちょうどいい感じに味を引き締めてくれてるというか……!」
「わかる。うまいよな」
フィーロさんはふっと笑みを浮かべると、また黙々と包子を食べ続ける。
ネクターさんも味わうようにゆっくりと噛みしめて、嬉しそうにつぶやいた。
「アカハタもおいしいですね。醤油でしょうか……しっかりと味付けされているから、僕にも分かります。白ネギの食感も良いですし」
本当は、もっとアカハタの味も知りたいのですが、とちょっと悔しそうに付け加えるあたり、やっぱりお料理が好きなんだな、と思う。
「ネクターさん、交換こしましょう! アカハタも食べてみたいです!」
「えっと……こ、このままですか?」
「え? そうですけど……」
食べかけの包子をそのまま差し出せば、ネクターさんは少し困惑したようにオロオロと視線をさまよわせる。
何かまずいことでも言っちゃった……?
私は自分が今まさに起こした行動を振り返り、何が悪かったのだろうかと頭をひねる。
「……今更だろう。間接キスなど」
「なっ! ふぃ、フィーロさん! そそそ、そのようなつもりは!」
「はぅっ! 確かに! すみません!」
一人冷静なフィーロさんに突っ込まれ、私とネクターさんは同時に頭を下げた。
おそらく、ネクターさんは自分が気にし過ぎたことに対して謝罪をしている。私は、自分が気にしなさすぎることに対して、だ。
「ひ、ひとまず! 半分こになるようにちぎりますね!」
「そうですね。綺麗に半分とはいかないかもしれませんが、そうしましょう」
私とネクターさんがあわあわと手元で包子を半分にしていると、フィーロさんが珍しくクスクスと控えめに笑った。
「ふ、ほんと。二人を見ていると飽きないな」
楽しいよ、とフィーロさんに言われて、私は半分にした片方を落としそうになってしまう。
不意打ちの笑顔はかわいすぎます! フィーロさん!
「と、とりあえず! ネクターさん! はい! 半分こです!」
いろんなことが一度に起こりすぎて、ワタワタしてしまったけれど、なんとか私とネクターさんはそれぞれ包子を半分こすることが出来た。
早速、ネクターさんからもらったアカハタと白ネギの包子も食べてみる。
「ん! 本当だ! お醤油と生地もよく合いますね! このお魚の身がやわらかいのも、生地のやわらかさによくあってて……! 白ネギの青臭さも好きです!」
ドラゴンの角煮とは違った優しくて繊細な良さがある。これはこれで、お肉はちょっと重いと考えるお年寄りの人やお肉が苦手な人でもおいしく食べられそうだ。
見れば、ネクターさんもおいしそうにドラゴンの角煮と芥子菜の包子を食べていて。
さっきまでの照れくさいやり取りもすっかりおさまった。食欲に勝るものは無し。花より団子だ。
水餃子もペロリと平らげた私たちは、こうして少し珍しいランチタイムを終え、夕方までゆっくりと島を観光することにした。