181.途中下船、リゾートな島
一つ目の小さな島に着いたのは、船に乗ってから二泊三日が過ぎたころだった。
「久しぶりの陸地だぁ~!」
船旅は楽しいけれど、さすがにずっと同じ海。青い景色ばかりでは退屈になってしまうというもの。
私は砂地に足をつけて、大きく背伸びを一つ。
紅楼国の領地らしいが、本土から離れているせいか雰囲気は少し違う。
岩山というよりも砂地が続く大地は、沙漠の町を思い出させた。
ポツポツと並ぶ建物は緑と金のコントラストに彩られている。ここは本土と同じらしい。
「夕方には出航だ。それまでは自由に観光できる」
「そうなんですね! それじゃあ、早速行ってみましょう!」
「お嬢さま、走っては危ないですよ!」
駆け出す私を追いかけるネクターさんの声が青空いっぱいに響く。
海辺に寄せる波を避けながら、なんだかバカンスに来たみたいだ、と私は景色を楽しんだ。
島は一日あれば歩いて一周できてしまうような本当に小さなものらしい。それでも、こうして船が立ち寄るおかげか観光産業で栄えているようだ。
あちらこちらに生える南国風の木々には赤い提灯や飾りが下げられていて、島のあちらこちらがフォトスポットみたい!
「お嬢さま、お写真をお撮りしましょうか?」
「良いんですか⁉」
「はい、これがフォトジェというやつなのでしょう?」
「フォトジェ……?」
私たちの会話にフィーロさんが首をかしげる。
シュテープの学校じゃ、結構みんな使ってた言葉だと思ったんだけど……やっぱり通じない人が多いみたい。
大人になるんだし、言葉遣いにも気を付けないと。
「お写真が綺麗に撮れるっていうか……なんかこう、非日常感! みたいな感じが楽しいっていうか……そんな感じです!」
いまいち説明になってない気はしたけど、フィーロさんが「そう」とうなずいたから、なんとなく伝わったということにしておく。
「フィーロさんも一緒に撮りましょう!」
「あぁ」
ネクターさんに何枚かお写真を撮ってもらって、私もフィーロさんやネクターさんをお写真に撮って。そうして思い出を増やしながら、島を進んでいく。
「あ、町だ!」
進んだ先、目の前に突如現れた商店街に思わず声がはねた。
私の後ろを歩いていた二人も、商店街を前に一度足を止める。
「ここが最も大通りなようですね。何かおいしいお昼があると良いのですが」
「そうですね! ランチが楽しみです!」
「いくつか知ってる店を紹介しようか?」
さすがフィーロさん。
ズパルメンティと紅楼を何度も行き来しているだけあって、この島にも詳しいようだ。
「お願いします!」
「何がいい? 珍しいものもあるけど」
「それじゃあ、珍しいものが良いです! どうせなら、ここでしか食べられないような!」
「わかった」
「……お嬢さまは、結構チャレンジャーというか……その、本当にお嫌いなものがなくていらっしゃるんですね」
「虫はいまだに苦手です!」
「虫は出てこないから安心して。普通の料理もあるし」
私とネクターさんの両方に気を遣うように付け加えて、フィーロさんが前を歩く。
まだお昼には少し早い時間だけど、なんだかおなかがすいてきたような……?
商店街にはジュース屋さんやアイス屋さんなんかもあって、デザートにも困ることはなさそう。まさにリゾート地って感じ!
何軒かお店を通り過ぎて、フィーロさんが足を止めたのは小さなお店だった。
蒸しパンのようなものでお肉やらお魚やら野菜やらを挟んでいるイラストが回る看板に描かれている。
「ここは包子の店」
「包子?」
「シュテープでいうところの、ハンバーガーみたいなものですね。僕も実際に食べるのは初めてですが、話には聞いたことがあります」
「ハンバーガー!」
久しぶりにジャンキーな予感!
シュテープのものとは、パンの種類も見た目も違うけれど、包子もすごくおいしそう!
「紅楼の濃い味付けが、優しい蒸しパンに良く合うんだそうですよ」
「想像しただけでおなかがすいてきました……! フィーロさん、ここにしましょう!」
店もまだ混んできてはいないし、今のうちだ。
フィーロさんが、店先のメニューを引っ張り出してきて、こちらに差し出す。
「好きな具材を選べば、それで作ってもらえる」
「了解です! フィーロさんのおすすめは何ですか?」
「ドラゴンの角煮と芥子菜だな」
「ふぉぉ……それは絶対おいしいやつ……!」
「ネクターは普通の料理にする? 売りは包子だが、点心もある」
「いえ。包子は食べてみたいと思っていましたから。頼んでみます」
「あぁ。味は保証する」
ネクターさんは、アカハタと白ネギの包子にする、とすぐさま注文を決めた。
フィーロさんと私はドラゴンの角煮と芥子菜の包子だ。
それらを一つずつ注文して、ついでに点心メニューから水餃子も頼んだ。
お店の外に並んだテーブルの一つに腰かけてお料理を待つ。
目の前に座ったネクターさんを見ると……。
「なんだか嬉しそうですね、ネクターさん」
「そ、そうですか? その、やっぱり、少しではありますが、味覚が戻ったので。以前から食べたかったものが食べれると思うと……つい」
照れ臭そうにはにかむネクターさんはかわいらしい。
自分より年上の男の人に、かわいいだなんて失礼かもしれないけど。
やっぱり、お料理が好きなんだなって思うと同時、ネクターさんは料理人に戻るべきだ、とも思う。絶対味覚がなくたって。
お父さまたちが何を思ってネクターさんをお屋敷から追放したのかは知らない。
でも、ネクターさんほどお料理が好きな人を料理長から解雇するなんて。
ネクターさんは今まで「料理人には戻れない」と言い続けてきたけど。
本当は料理人に戻りたいんじゃないだろうか。ネクターさんの味覚が戻ってからは、余計にそう感じる。
もしもそれが、お父さまたちの命令だから戻れない、と思ってるのなら。テオブロマに戻ってから、私が絶対に交渉しよう。お父さまやお母さまと喧嘩することになっても、これは譲れない。
ネクターさんには、料理人が似合う。
決めた、と私が心に誓った時。
ふわりとほのかな優しい蒸しパンの香りが私たちの鼻をくすぐる。
「お待ちどうさま! 包子と水餃子、お持ちしました!」
ほかほかと湯気を上げる真っ白な包子が、私たちの前で輝いた。




