179.幕間・戻った狩り人のある日
今回は幕間。
フランが紅楼国を去った後、どうやらあのお方もとある国へと戻っているようです。
相変わらずな家族のフラン愛をどうぞお楽しみください。
「とまあ……紅楼国での報告は以上です、テオブロマさん」
撮りためた写真や動画のデータを渡して、大柄の男は紅茶へと口をつけた。
「ありがとう。娘まで君に守ってもらうことになってしまうとは」
「いえ、それが仕事ですから。良いお嬢さんですね。それに、従者の彼も」
先日のドラゴン狩りでいくらか儲け、シュテープへと一時帰国したガード。
彼は別で受けていた依頼の終了を報告するため、とある屋敷へと訪れていた。
目の前で優雅に手土産の紅茶を飲む男――テオブロマ当主の驚く様子を見て、ふっと口角を上げる。
「料理人と聞いていましたが、彼は良い従者ですよ。はじめはずいぶんと頼りない印象でしたが、お嬢さんを守る覚悟が感じられました」
「そうか……。彼も成長しているんだねぇ」
以前はガードを用心棒として雇ってくれていた主人である。その優しい瞳に、ガードはなつかしさを覚えた。
自らもシュテープで孤児として生まれて以来、テオブロマにはずいぶんと世話になった。
どんな人間にも平等に接し、成長を促し、どこまでも見守る。
ドラゴンハンターとしてチームをまとめるガードも、元主人のそんな姿勢を見習わなければならない。
「それにしても、よくドラゴンを狩りに行くことが予想できましたね」
娘とはいえ、人の行動を予知するような、その先回りの勘の良さも見習うべき部分だ。
「簡単なことだよ。フランなら絶対にドラゴン狩りに行くと思ったんだ。あの子は、妻に似て食べることが好きだからね。昔、紅楼国へ連れて行った時、ドラゴン肉に虜になっているから。今回の旅でも、きっと食べたいと言うだろうな、と思ってさ」
おいしそうにドラゴン肉を頬張る娘の写真をデレデレとにやけ顔で見つめながら、元主人は再び紅茶を口にした。
もう後数時間も経てば、この紅茶は紅酒に変わるだろう。
ガードも元主人を見習って、行動を予測する。なるほど、存外簡単だ。
「それにね、アンブロシアくんのことも、フランならきっとなんとかするんじゃないかと思ってさ」
「あの料理人ですか?」
ガードは首をかしげた。
確かに、あのお嬢さんは料理人のためにドラゴンの焔華結晶を手に入れたいと躍起になっていた。
「詳しくは聞きませんが……その口ぶりだと、まるであの料理人に何かあると知った上で、お嬢さんの従者にしたように聞こえます」
最低限の配慮を持って、ガードは元主人を見つめる。ふわふわとしているようで、その実、抜け目のない男は、ガードの言葉に目を細めた。
「そうでなくちゃ、彼を旅に出す意味などないだろう」
料理人を従者に。いくら大企業とはいえ、そんな人事異動は滅多にない。少なくとも、ガードが警護を勤めていた間は一度もなかった。
「だけど、この最後の写真を見る限り、アンブロシアくんもずいぶんと元気になったようで嬉しいよ。彼は昔から完璧主義なところがあってねぇ。真面目で誠実だが、それが重荷になることもある」
ガードはフィーロから送られてきた写真を見つめ、たしかに、これほどまで楽し気に食事をする男ではなかったか、とうなずいた。
紅楼へ着いた当初は、笑みこそ浮かべているものの、作り物のようだったと記憶している。
「それに、ほら!」
写真をパラパラとめくった元主人が、一枚の写真を取り上げてこちらへと意気揚々見せつける。
お嬢さんが焔華結晶の競売に勝った瞬間の写真だ。
イーがメガネを通して撮像してくれたもので、お嬢さんの誇らしげな表情は、親からすればこれ以上ないほど嬉しいものだろう。
「焔華結晶に五十万リィンは確かに相場以上だけど、その後の収穫を考えれば良い買い物になったと思わないかい? 何より、この顔! あぁ、フラン! 本当になんて愛らしい自慢の娘なんだ!」
写真にすりすりと頬ずりする元主人の顔がふやけきっていて、ガードは苦笑した。
テオブロマで最も価値があるものは、金でも宝石でも、商品でもない。人だ。
それを実践したお嬢さんはまさに自慢の娘だろう。
「ご立派でしたよ。動画もご覧になりますか?」
「もちろん!」
キラキラとした瞳でうなずく元主人は、どこからか特製うちわ――娘の顔写真が印刷されている紫色のファーがついた推しグッズ――を取り出して、大きなモニターへと視線を移す。
歯車をいくつか回してモニターとチャンネルを合わせれば、イーが競売を提案する場面から再生が始まった。
緊張に満ちたお嬢さんの顔ですぐさま一時停止ボタンが押される。
「……テオブロマさん?」
「ほら、見てよ! この顔! まだこんなにも子供なのに……。だいたい、ダイジェンさんも意地悪だよね! 僕の娘だって分かっているのに手加減どころか威圧して!」
愛らしい娘に同情したかと思えば、競売相手にプリプリと怒って、忙しい人間である。
ガードは、これは長くなりそうだ、と諦めにも似たため息を無理やり心の中に押し込んだ。
「……商売敵でしょう」
「時には仲間さ! この紅茶だって、ダイジェンさんのところで買ってくるよう、お願いしただろう? お礼も兼ねてるんだから」
「ダイジェンさんもお礼を言っておりました。お嬢さんとの競売は楽しかった、と」
「ずるい! 僕だって、いつかフランと一緒に商売をしたいよ! っていうか、フランはどんどん成長していってるだろう? 僕なんて、そのうちあっという間に抜かされてしまうね」
とんだ親バカだが、それも一理ある。
親にとっての喜びは子の幸せ。その中に、立派な姿を見ることが含まれていることは違いない。
「フランは、すごく愛嬌もあって、行動力も決断力もある。肝だって据わってるしね。何より、いろんなことに興味を持って、素直にそれを受け入れるだろう?」
突如始まった子の自慢に、さすがのガードも「そこまでは知らない」とは言えず、曖昧にうなずいた。
いくつか同意出来る部分もある。ドラゴン狩りに自ら出向くことだって、彼女の魅力の一つだろう。
「食べ物や飲み物だけじゃなくて、雑貨や洋服も、フランなら貿易品にするし……何より、異国の文化もきっと、うまく持ち帰ってくるよ」
ベラベラと饒舌な元主人は、ふいに遠くへと視線を向けて、目じりに穏やかなしわを寄せる。
「……帰ってくるのが楽しみだねぇ」
娘への慈愛にあふれた声色に、ガードもつられてやわらかく微笑んだ。
フランたちの長い旅路にここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございます!
様々な秘密が明かされた衝撃続きな紅楼国での旅もおしまいです。
次話からは、フィーロさんと共にズパルメンティへの旅が始まります。
異世界お料理食べ歩き旅は、ネクターさんに味覚が戻ってさらにパワーアップ!?
よろしければ、ぜひぜひこれからもよろしくお願いします*