176.特別おいしいお料理
いつもなら、食べているところをネクターさんに見守られているわけだけど……。
じっと、ネクターさんを見つめると
「……食べにくいのですが」
と苦笑された。
「だ、だって……」
「お嬢さまもお食べください。冷めてしまいますよ。それに、お嬢さまの感想を聞くのは、僕の楽しみなんです」
「わ、わかりました」
結局、良いようにほだされて私は自分が注文したユニコーンの串焼きへと手を伸ばす。
串にささったユニコーンのお肉は、タレがたっぷりとからまっていて、ツヤツヤと光り輝いていた。
シュテープでも、ユニコーンの串焼きはよく売っている。屋台では定番のお料理と言っても問題ない。
でも、シュテープのものとは見た目から違う。
ここの串焼きはタレの色が濃いし、そもそもかかっているタレの量も多い。しかも、お肉にスパイスをかけた後、さらにタレをかけているように見える。
「……いきます!」
きっと紅楼特有の、あのガツンとしたお味が! 期待を込めて直接串ごと口へ運ぶ。
一つ、口の中でユニコーンのお肉を串から外して噛めば……。
「ん!」
甘いタレの向こう側から、ピリリとスパイスが弾けた。弾力のあるしっかりとしたお肉は噛み応えがあって、濃いタレと辛いスパイスにもよくマッチしている。
「おいしいっ! タレが濃くて甘すぎるかもって思ったんですけど……スパイスがしっかりきいてて! 甘辛いって感じだから、全然気にならないです! しかも、このタレの濃い感じがすごくお肉に合ってるっていうか……お肉の噛み応えも良いし!」
しっかりお肉を食べてるって感じがして幸せだぁ……。
一つ食べたらその味のインパクトが忘れられなくなりそう。なんていうか、また思い出して食べたくなる感じっていうか……。
「これはまずいです……。シュテープで恋しくなっちゃいそうです!」
「それは困りましたね。味を覚えておかなくては」
ネクターさんがクスリと笑う。絶対味覚がなくなった今、それはとても難しいことだろうけれど。ネクターさんなら気合でやりかねない。
「ユニコーンは特に肉が筋肉質で、上質な赤みですからね。素材そのものもおいしいですが、確かに濃い味付けとは相性が良さそうです。肉本来の旨味も濃いですし」
「そうだな。このタレと肉の間にスパイスが入っているって構造も面白い。これなら、お互いに喧嘩することもなく、それぞれの味を楽しめそうだ」
ネクターさんとエンさんが料理人らしい会話を交わしている間に、フィーロさんが黙々と串焼きを食べ進める。どうやら彼女も気に入ったらしい。
たくさんあったはずの串焼きがあっという間になくなっている。
「うまい」
シンプルながらもフィーロさんの一言には熱がこもっていて、私も激しく首を縦に振ることで同意する。
ネクターさんも一口、串焼きを頬張ると
「……うん。たしかに、甘辛い、です……! なるほど、濃い味なので、比較的感じ取りやすいですね。これなら……」
嬉しそうに目を輝かせて、どこからかゴソゴソとメモを取り出すと、何やら細かに書き込んでいく。
「ったく。ちょっと味覚が戻るとこれか……。飯くらい落ち着いて食えよ」
口では悪態をつきながらも、エンさんの顔には笑みが見られた。ネクターさんが以前のように戻りつつあることが嬉しくて仕方がないのだろう。
昔の同僚としても、彼を尊敬する一人の料理人としても。
「揚げ細竹麺も一口もらっていいですか⁉ このあんかけがすっごくおいしそうで……!」
「もちろんです、取り分けましょう」
メモを書く手を止めて、ネクターさんが早速お皿に取り分けてくださる。
あんかけの下に隠れていた細竹麵は、揚げられているから、バリバリッと心地の良い音がした。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」
あんかけをしっかりと絡めて、細竹麵を一口サイズに砕く。切る、というよりもお箸で砕く、そんな表現がしっくりくるような麺の塊だ。
ツヤツヤと輝くあんかけは、たくさんのお野菜や海鮮で色鮮やか。
ネクターさんと一緒に早速口に運んで、二人で声をそろえる。
「「これは……おいしい!」」
揚げ麺のバリッとした楽しい食感に、あんかけのとろみ。塩味をベースにした餡はお野菜と海鮮の甘みをふんだんに引き立てている。
あんかけがしっかり絡んでふにゃふにゃになった麺も、その分味が染みていておいしいし!
「二人して声をそろえるなんて、よっぽどだな」
「あぁ、仲が良い」
エンさんとフィーロさんに笑われて、私たちは再び顔を見合わせた。互いに軽くはにかんで、「だって!」とそのおいしさを力説する。
「紅楼の料理は本当にどれもおいしいですね。僕でも、味が分かるほど味付けが濃いということもあるんでしょうけど……シュテープの料理に比べてご飯が進みますし。辛味や酸味がうまく料理にアクセントをつけていて、調味料や香辛料の使い方が良いんですよね」
いつになく饒舌なネクターさんは、それはもう子供みたいだ。
やっぱり、少しとはいえ味覚が戻って、お料理が心の底からおいしく食べられることが嬉しいのだろう。
「お前……本当に変わったな。まさか、料理を食べたお前の口から、こうしてほめ言葉が聞けるとは」
以前は味覚が分からない状態で「おいしい」とエンさんに気を遣うような発言をしたのに対し、今回の感想は本心だ。
「絶対味覚がなくなったから、でしょうか……。料理って、こんなにもおいしかったんですね」
ネクターさんはしみじみと呟いて、優しく微笑んだ。
絶対味覚がなくなって、まだ気にしているかも、と思ったりもしていたけれど。
どうやらそれは考えすぎだったらしい。
ネクターさん本人は、そのことを喜んでいるように見えた。
「変な話ですけど……良かったですね、ネクターさん」
「すべてお嬢さまのおかげですよ」
「えへへ! これからも、ネクターさんといっぱいおいしいもの食べたいです! お料理のことも、もっと知りたいし!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ネクターさんとは何度もご飯を一緒に食べているのに、今日のご飯は特別おいしい気がする。
私がそう付け加えると、ネクターさんがそれは大層美しく笑って見せた。




