175.見つけた、大切な相手
ネクターさんが味覚を取り戻した翌日、私たちは砂漠の入り口近くにあるレストランで、沙漠の町最後のご飯をいただくことになった。
せっかくならネクターさんにおいしいものを食べさせたい、と宿の人にこのあたりのおすすめを聞いて教えてもらったお店だ。
若い女性が一人で切り盛りしている小さなお店だけど、店内は賑わっていた。
少し遅めの朝ごはんというべきか、それとも少し早めのお昼ご飯というべきか。
そんな微妙な時間なのに、よく繁盛している。
「いらっしゃい! 適当に空いてるところに座ってね! 今日のおすすめは、ユニコーンの串焼きだよ!」
一人でお店をまわしているせいで、接客している暇はないらしい。大きな鍋を振るいながら、入り口にいた私たちへと快活だけれど端的な挨拶を交わす。
言われた通り空いている席に四人で腰かけて、円卓の上に置かれていたメニューを操作すれば、一ページ目には『おすすめ』の文字。
写真付きのカラフルなメニューは見やすくて、どれもおいしそうだ。
「ユニコーンの串焼き、食べたいです!」
「昨日見た魔物を食べるなんて、相変わらずお嬢さんらしいな。ネクターとフィーロは?」
「そうですね……。では、僕は、この揚げ細竹麺を」
「ユニコーンの串焼き追加。飯団も頼む」
ネクターさんとフィーロさんの注文を受けて、エンさんが注文していく。
エンさんも、サラダとユニコーンのお刺身なるものを頼んでいて、今からご飯が楽しみだ!
お水やお茶、手拭きやお箸などはセルフサービスらしく、ネクターさんとエンさんがすぐさま手分けしてそれらを用意してくれる。
フィーロさんはそんな二人の手際の良さに感心していた。
「そう言えば、フィーロさんはどうしてズパルメンティから紅楼に来て、ドラゴンハンターになったんですか?」
ご飯が届くまでの雑談に、気になっていたことを切り出すと、フィーロさんは「大したことじゃない」とお水を一口。
「自分の力を試したくなっただけだ」
「自分の力を?」
「そう。どの程度、世界で通用するのか。それが知りたかった。純粋に」
いわゆる冒険者みたいな感じなのだろうか。
っていうか、その発言、とっても強い人の発言に聞こえます!
強い女の人かっこいい、と目を輝かせれば、エンさんがフィーロさんの隣で「うんうん」とうなずく。
「俺も、自分の実力が知りたくて世界を旅してたから良くわかる。そこで、最高の出会いがあって、自分の居場所や大切な人が出来ることもあるしな」
「あぁ、そうだな」
フィーロさんの居場所や、大切な人はきっとあのメンバーたちのことだろう。
エンさんにとっては、それがネクターさんだったのかもしれない。
「なんだか良いですね!」
「お嬢さんもそうだろう? まあ、お嬢さんの場合は追い出されてるうえに修行が目的なんだろうが……それでも、いろんな出会いや発見があったんじゃないか?」
「はい! たくさん!」
「大切な仲間も見つけた?」
「……仲間……うぅん、そうですね、仲間っていうのはちょっと違うかもしれませんが! ずっと一緒にいたいって思う人は見つけました!」
フィーロさんの質問に答えた瞬間、
「だ、誰ですか⁉ そんな、お嬢さまが一緒にいたいと思うような人など! どこの馬の骨とも知らぬ男には……僕は……僕は許しませんよ!」
なぜかネクターさんが驚きと若干の怒りを込めてこちらを振り向く。
「ほぇ⁉」
「お、お嬢さまに好きな人が出来るのは喜ばしいことですが! 相手の素性は分かっているのですか⁉ はっ……まさか、エン……!」
エンさんの胸倉をつかみかからんとする勢いで、ネクターさんがガタンと立ち上がる。
「ちょっ⁉ ネクターさん⁉」
落ち着いてください、と必死に彼の手を掴んで椅子へと引き戻すと、ネクターさんはふぅふぅ、と肩で息をする。
「えっと……ネクターさん、何か誤解してませんか? 私がずっとこれからも一緒にいたいなって思ってるのは、ネクターさんですよ?」
お嬢さまと付き人、という関係性がずっと続くのかは分からないけれど。
少なくとも、私はテオブロマ家に戻ったら、ネクターさんを解雇しないでほしいとお父さまたちに頼んでみるつもりだ。
料理人に戻してもらえれば一番だし、そうでなくても、ネクターさんにはすごくお世話になったから。
私がきょとんと首をかしげると、ネクターさんが「なっ⁉」とすっとんきょうな声を上げる。
さっきから焦ったり、怒ったり、びっくりしたり。忙しい人だ。
「なっ……なっ、なな、お嬢さま、な、なぜ⁉」
「なぜって……これだけ一緒に旅をしてきて、ネクターさんの良いところも悪いところもたくさん知っても、やっぱり一緒にいて楽しいから、ですかね?」
ネクターさんの度を越えたネガティブはやばい人って感じがするけど、それ以外は申し分ないくらい良い人だし。
ネクターさんはびっくりした顔のままフリーズする。それを見たエンさんはゲラゲラと声を上げて笑い、あのクールなフィーロさんでさえ、面白いものを見た、と言いたげに口角を上げた。
「料理が出来ました!」
突然しゃべりだしたタッチパネルの声で現実へと引き戻されたのか、ビクリと肩を揺らしたネクターさんが「ゆ、夢……?」と小さく呟く。
「ネクター、とりあえず、飯を取りに行こう」
エンさんが立ちあがり、いまだ驚き続けているネクターさんを引きずっていく。
「……フランって、悪い女」
フィーロさんの意地悪な笑みに、「えっ⁉」と私も驚くことになったのは、その直後だった。
*
ドン、と円卓に並べられたたくさんのお料理。
そのどれもが山のように盛られていてボリュームたっぷりだ。お皿から立ち込める香りもすごく食欲をそそる。
色鮮やかなサラダに、たっぷりのタレがかかったユニコーンの串焼き。
具だくさんの飯団もおいしそうだし、揚げ細竹麺なんて、海鮮あんかけがかかっていて見た目から大満足になること間違いなし。
「おいしそう!」
早速食べよう、と私たちは皆お箸を手にとる。
ネクターさんにとっては、味覚が戻ってから最初のご飯。
ゴクン、と唾を飲み込んだネクターさんも、そっとお箸を持ち上げた。




