171.ドラゴンハンター、再び
「フラン、久しぶり」
「フィーロさん!」
ばっさりと切りそろえた濃紺の髪が砂漠の色合いに良く映えた。
差し出された手を私がぶんぶんと握り返すと、彼女はクールな表情にふっと小さな笑みを浮かべる。
フィーロさんへ連絡して二日。
彼女から「引き受けよう」と短い返事が来て、さらに三日――フィーロさんは沙漠へとやってきてくださった。
砂漠を見下ろす沙漠の茶店、その一角。
空いた椅子に腰かけたフィーロさんは店員さんへと手短に注文をすませると、こちらに向き直った。
「ちょうど故郷へ一時帰国しようと思ってたんだ。先日のドラゴン肉を売りさばいたおかげで大儲けできたからね」
「本当に良かったです! フィーロさんがいるなら心強いです!」
「故郷はズパルメンティだったか?」
「あぁ、そうだ。天竜山から南下するのに、どうせこの町を通る」
「そうでしたか。助かりました。僕らではどうにもならず……」
「ユニコーンは男を嫌うから」
フィーロさんはあっさりとネクターさんたち二人を切り捨てて
「明日の夜、ユニコーンの角を手に入れればいいんだな?」
と依頼内容を確認する。
「はい! この近くのオアシスに集まるそうなので、そこまでは私たちが案内します!」
「分かった」
いつも通りクールな表情でコクリとうなずくフィーロさんはとっても格好いい。
「……それにしても、なぜ、ユニコーンの角なんだ?」
この間、焔華結晶を手に入れたばかりだろう。そう言いたげにフィーロさんは首をかしげた。
どう説明すべきか、と私がネクターさんをチラリと窺うと、彼は自ら「実は」と事情を話す。
一度私たちに話したことで、ネクターさんも抵抗がなくなったのだろう。フィーロさんの誠実そうな雰囲気も作用しているかもしれない。
フィーロさんはネクターさんの説明を聞き、「そうか」と小さく呟いただけだった。
特別、驚きもせず、同情する素振りも見せないその姿に、ネクターさんは安堵したのかホッと胸をなでおろしている。
「角が丸々一本あればいいのか?」
「まさか! そこまでしなくて大丈夫です!」
そんなことしたら、いくら女の子好きなユニコーンでも泣いちゃう!
ユニコーンのアイデンティティを丸ごと失うようなフィーロさんの過激発言に、私は慌てて魔法のカードにメモしていた内容を読み上げる。
フィーロさんが同行してくれると分かったから、人探しの時間をユニコーンの妙薬について調べる時間に充てることが出来たのだ。
「えぇっと……成人男性の場合は、一ソビィだから……少し削るだけでも足りると思います!」
「それなら楽勝だ」
フィーロさんが言うなら間違いないのだろう。
彼女の答えに、ネクターさんとエンさんも私と同じく安心してくれたのか素直に
「どうぞ、お嬢さまをお願いいたします」
「よろしく頼む」
と頭を下げた。
「フィーロさんは、ユニコーンも狩ったことがあるんですか?」
「あぁ。そもそも、ドラゴンハンターなら皆あるさ」
「そうなんですか⁉」
「ドラゴンハンターになるための試験に、いくつか魔物を倒すものがある」
ユニコーンは特に、男性相手だと狂暴だから大変なんだそうだ。
フィーロさんは今のチームメンバーと一緒に戦って「こんなにも男が役に立たないとは」と心底呆れたらしい。
それを知っているからこそ、一時帰国のついでに引き受けることが出来たのだと教えてくれた。
「そういえば、ズパルメンティに一時帰国するついでだって言ってくださいましたけど、他のチームの皆さんはどうしてるんですか?」
「全員、フランのおかげで儲けたからな。しばらくチームの活動も休みだ」
紅楼出身のレイさんとイーさんはともかく、ガードさんも一時帰国するらしい。シュテープへと帰って、しばらくそっちでのんびりするそうだ。
懐かしのシュテープ。
私も本当は、いつだって帰ろうと思えば帰れるはずなのに、なんだかすっかりそのタイミングを逃してしまった。
「フランはいつまでこの国に?」
「まだ決めてません。でも、紅楼は以前も来たことがあるから……せっかくなら、フィーロさんと一緒にこのタイミングでズパルメンティに行くのも楽しそうです」
「紅楼からズパルメンティへの船旅は長いからな」
「さすがの俺も、ズパルメンティにはついていってやれないしな。その方が良いかもしれない」
「エンはついてこなくてかまいませんよ」
「はは、相変わらず冷たいな」
そうか。エンさんともお別れになっちゃうのか。
ずっと一緒にいてくださったから、なんだか寂しい。
私がしゅんとうつむけば、エンさんがわしゃわしゃと私の頭を撫でた。
「またいつでも遊びに来てくれ。……っていうのも、まだ早いか。フィーロはいつ出国予定だ?」
「来週を予定している」
「それじゃ、まだ一週間はあるな。ゆっくり観光しよう。南の港もおもしろいところが多いから」
エンさんはニッと笑う。今回ばかりは、ネクターさんもそんな彼の気遣いを感じてか、いつもなら「触るな」と咎める行為もしなかった。
「ズパルメンティの案内は出来ないが、船に乗っている間はエンの代わりになろう」
フィーロさんも珍しく口角を上げる。私を安心させようとしてくださっているのだろう。
「はい! ありがとうございます!」
二人の優しさに笑みがこぼれる。良い人たちに出会えたな、と心の底から思った。
「まあ、先の話だ。まずは明日のことについて、どうするか具体的に決めよう」
エンさんが気を取りなおすようにパンと軽く手を打って、ユニコーン狩りの話へと話題を戻す。
フィーロさんもうなずいて、まずは、とカバンから地図を取り出した。
改めてオアシスまでの道のりを考え、ユニコーンの普段の行動や、男の人がどの程度まで近づけるかなど、一つずつ確認していく。
今度は私とフィーロさんしかいない。
何かあったら簡単に命を落としてしまうかもしれないのだ。
その緊張感をしっかりと胸に刻みつけて、私はフィーロさんたちの話に耳を傾けた。
※作中に登場した一「ソビィ」は重さの単位です。
1ソビィは約1グラムになっています。