170.ユニコーンの捕まえ方
「ユニコーンの捕まえ方は知っとるかの?」
おじさんに聞かれ、私たちは首を横に振る。
「じゃあ、戦いの経験は? 格闘技をやってたとか、武器が使えるとか……」
私たちは互いに顔を見合わせ、やはりもう一度首を横に振った。
「もしかして、ユニコーンって……獰猛……なんですか……?」
おずおずと私が手を挙げれば、今度はおじさんが「いや」と否定する。
「一つ、ある手を使えばなんてことはないが……」
おじさんはもったいぶるように言葉を濁して、チラ、と私の方へと視線を送った。
よっぽど言いにくいことがあるのだろうか。
ンウォホン、となんとも言えない咳払いを一つして、おじさんは
「気を悪くさせてしまったら申し訳ないが」
と切り出した。
「その……お嬢さんは、あぁっと……よ、夜の、大人の、あれやこれやは、経験しているか?」
「夜? 大人?」
「お嬢さま! それ以上は聞いてはいけません!」
「おい、親父。さすがに俺もそれは聞き捨てならねぇなぁ」
なぜか私とおじさんの間にネクターさんとエンさん二人が割り込んでくる。おじさんも背の高い二人に囲まれて小さく悲鳴を上げた。
「だ、だから最初に言ったじゃろう! 気を悪くさせたら申し訳ない、と。じゃ、じゃが! ユニコーンを捕まえるには必要なことなんじゃ!」
おじさんが必死に弁明したことで、二人も話を聞く気にはなったのだろう。先ほどよりも威圧感を消して、おじさんを見つめている。
「ゆ、ユニコーンってのは、女が好きなんじゃ。特に、若い生娘に懐く性質がある。若い生娘であれば、角くらい少々削ったところで怒りゃせんだろうが……」
「男が近づいた場合はどうだ?」
「男を見た時点で、角で刺し殺すに来るに決まっておろう」
エンさんの質問にケロリと答えたおじさんは、「だから、聞いたんじゃ」と私の方をもう一度見た。夜の大人のなんとかっていうのが、ユニコーンと安全に会うための条件らしい。
二人はそれを聞いて「うぅん」と押し黙った。
夜の大人のなんとかが分からない私には、何がなんだかさっぱりなんですけど!
「えっと、つまり……よくわかんないんですけど! 私が捕まえれば良いってことですよね?」
「それはいけません! お嬢さまだけが危険な目に合うなんて!」
必死の形相で私を止めるネクターさんが、おじさんの方を睨む。
エンさんはそんなネクターさんをどうどうとおさえつつ、少し考え込んだ。
「だが……今のところ、俺たち三人が捕まえるには、お嬢さんがユニコーンの角を削りとるのが一番安全な案って訳か」
「じゃから、やめといた方がいいと言ったんじゃ。まあ、一番安全な案って意味じゃあ、格闘術なんかに心得のある女でもいれば良いだろうが……」
おじさんの言葉に、私たちは互いに顔を見合わせる。
確かに、ユニコーンが女の人好きなら、私と一緒に行ってくれる強い女性がいれば最も安全だろう。
私も心強いし、確実にユニコーンの角を手に入れることが出来る。
「ま、とにかく悪いことは言わん。お嬢さんは、あまり戦闘なんかも得意ではなさそうだしな。無理はせんことだ」
じゃあな、とおじさんは手を振って、家の中へと戻っていく。
その背を見送って、私たちはどうしたものか、と考える。
せっかく、手がかりも捕まえ方も分かったのに、肝心の「捕まえる」ということが出来ないなんて。
強くて若い女の人……。
この町にもそういう人がいればいいけれど。例えば、この間のドラゴンハンターみたいにユニコーンハンターみたいな人がいて……。
……ん?
「フィーロさんにお願いしてみるのはどうでしょう!」
フィーロさんの本業はドラゴンハンターだし、タイミング的にも無理があるかもしれないけれど。頼んでみるだけならタダだ。
私の提案にエンさんがうなずく。けれど、ネクターさんはいまだに険しい顔をしていた。
「僕は反対です。僕のせいでお嬢さまを危険にさらすなど」
「私がネクターさんのために出来ることは全部やりたいんです!」
ですが、と、でも、のやり取りを数度交わし、だんだんとお互いにヒートアップしていく。
そんな私たちに「ストップ」とエンさんから声がかかった。
「ネクター、たしかにお嬢さんを守るのは従者の役目だ。だが、お嬢さんの意志を尊重し、そのうえで自分が何を出来るのかを考えるのも、従者の役目じゃないか?」
「それは……」
「お嬢さんが今、本当に望んでいるのはお前の幸せだ。それを叶えてやれ」
エンさんがふっと笑う。
「もちろん、お嬢さんだけが危険を冒すことには俺も反対。そのために、俺は町の人間にも声をかけるし、フィーロを雇うための金を払うこともいとわない。それが、紅楼のおもてなしってやつだ」
ネクターさんはぐっと言葉を飲み込むとため息を吐いた。
「……お嬢さんにも、エンにも、かないませんね」
どうやら覚悟を決めたらしい。肩をすくめると、私の方へと振り返る。
「ただし、二つ条件があります」
「条件?」
「一つ、今回の件に関わるお金は全て僕が支払います。もう一つは、危険だと思ったら、お嬢さまはすぐにお逃げください。絶対に戦わないで」
ネクターさんの琥珀色の瞳がいつもに増して強く輝いた。
その迫力に、私は思わず息を飲む。
「……わか、りました」
本当はお金くらい私が払いたいけれど。この条件を飲まなければ、おそらく、ネクターさんは私をユニコーン狩りには連れて行ってくれないだろう。
これも交渉の一つだ。本当に手に入れたいもののために、他の犠牲は我慢する。
私がうなずいたのを見届けて、ネクターさんはようやく表情をやわらげた。
「本当に、ご無理だけはなさらずに。何かあったら、すぐに僕へお申し付けください。僕は、そのためにいるのですから」
ネクターさんがこちらに手を差しだしたかと思うと、小指を立てた。
「約束してください」
私はそっと小指を絡める。返事の代わりに。
「それじゃ、決まりだな。明日から人探しをしよう」
「はい! 私はフィーロさんに連絡してみます!」
満月の夜まで残り六日。
思っていた以上に順調な滑り出しだ。ここから先、人が見つかれば後はユニコーンを捕まえるだけ。
けれど、のんびりしている暇はない。
私は早速、魔法のカードを取り出して、フィーロさんへと連絡を入れた。




