167.ボリュームたっぷり食堂飯!(2)
もう一度紅玉蟹の炊き込みご飯を口に運んで、いよいよメインへとお箸を伸ばす。
ドラゴンの角煮と波山豆腐だ。
どちらから食べるべきか、と考えていたら、
「波山豆腐から食べてみてはどうでしょう? お嬢さまはドラゴンのお肉がお好きですし、最後に好きな物を食べたほうが満足感もあるのでは?」
とネクターさんに微笑まれた。
どちらも味付けの濃さはあまり変わらないのかもしれない。
波山豆腐の方が辛そうに見えるし、ドラゴンの角煮がお口直しに食べられる、という意味もあるのかも。
「分かりました!」
ネクターさんの助言で今まで間違っていたことはない。
エンさんも異論はないようで、波山豆腐をお皿に取り分けてくださった。
「良い香り……!」
離れていてもわかるほど、強烈なスパイスの香りだ。思わずよだれが出てきちゃうような花椒やトウガラシの刺激臭と、食欲をそそるラー油の香り。
波山のそぼろ肉は薄紅色で、純白のお豆腐、いかにも辛そうな赤茶色のタレと合わさって見た目も華やか。
無造作に散らされた青ネギとのコントラストも最強です!
レンゲでお豆腐とそぼろをすくい上げると、プルプルとお豆腐が揺れる。
ふわりと漂う湯気が早く食べろと急かしていた。
「辛いかもしれませんから、その時はご無理なさらず」
ベ・ゲタルでのこともあって、ネクターさんには心配そうな目で見られたけれど、これは! 食べないといけないって! 神様が言ってます!
ふぅふぅ、とさましたら、ゆっくりとレンゲを口へ。
チュルリとなめらかなお豆腐にしっかりと絡むそぼろ肉とピリ辛のタレの旨味が口の中へ一気に広がって――
「んんっ! これは……! 辛い! 辛いけど! おいしいです! 波山のお肉のムチムチ感がそぼろになってもちゃんと感じられるし……このタレ! お豆腐の素朴な甘さとよく合ってて、濃いし辛いのに、ちゃんとおいしい!」
ご飯が欲しくなる味ナンバーワンだ。
紅玉蟹の炊き込みご飯をおかわりして、私は波山豆腐と炊き込みご飯の往復を数度繰り返す。
ピリッと舌がしびれるような辛さは、食べられないほどじゃない。
食べ続けているとだんだん汗が出てくるくらいだけど、それも体が内側からあたためられているような感じで気持ちがいい。
食べてエネルギーを得るって、こういうことなんだ……。
「ふわぁ……幸せ……」
うっとりと目を細めれば、「一番のお気に入りが残ってるのに」とエンさんに笑われた。
「もちろん、それは別腹です!」
真面目に返せば、さらに笑われる。ネクターさんも時々良く分からないところで笑うけれど、エンさんも変なツボに入ったらしかった。
「おなかがいっぱいになってしまう前に、角煮もどうぞ。今からお嬢さまの感想を聞くのがすごく楽しみです」
こちらに角煮を取り分けたお皿を差し出すネクターさんは、いつもよりも楽しそうだ。
まだ完全に味覚が戻ったわけではないとはいえ、以前よりは改善されているのだろうか。
今までよりも幸せそうに見えて、私はなんだか嬉しくなる。
「ありがとうございます!」
お皿を受け取れば、そこにはタレをたっぷりとまとってツヤツヤ輝くドラゴンの角煮が。
……これは……!
ゴクンと唾を飲み込んで、そっとお箸を差し込む。
ドラゴンのお肉は口の中でとろけていくような食感と質の良いなめらかな脂が特徴のお肉。
しっかりと煮込まれた角煮は当然……。
「ほわぁぁ!」
お箸を差し込めば、まるで豆腐のようにやわらかくほどける。こんなお肉、見たことない!
「ははっ、やっぱりお嬢さんは最高だな。角煮一つでこんなに……ククッ」
エンさんは耐え切れないと笑い声をあげ、ネクターさんも一緒になって笑みを浮かべている。
はしゃぎすぎちゃったかも、とは思うものの、抑えきれないんだからしょうがない。
お肉を崩さないようにそっとお箸でお肉の塊を持ち上げて、口元へ。
甘い醤油ダレの匂いを感じながら一口、お肉を噛みしめ――
「んんん……こ、これは……んわぁっ⁉ もう、なくなった……」
なんだ、これは……。
入れた瞬間から、まるで魔法のようにとろけて消えるお肉。
あんなにも分厚くて塊になっていたはずなのに、口の中に残っているのは旨味と甘み、タレの塩味とお肉独特の深い大味だけだ。
「……余韻が……! 残った味が、おいしい……。も、もう一口いきます……」
あまりにもあっという間のことで名残惜しい、と私はすぐさまもう一口。
今度はしばらく噛まずに、舌で溶かすようにゆっくりとお肉の塊をつぶしてみる。
じゅわぁっとお肉から染み出る脂はクセもなく、濃厚なお肉の旨味をしっかり閉じ込めている。それがまたタレに絡まって、これ以上ない味わいだ。
「ほのままふっと口の中にひれてひゃいでふ」
ほわほわと呟けば、ネクターさんもいよいよ耐え切れなくなったのかエンさんと一緒に声を上げて笑った。
「お嬢さん! それは、反則だろう!」
ぶはは、ともはやイケメンのそれを感じさせない豪快な笑い方をして見せるエンさんは、目に浮かんだ涙をぬぐって自らのお箸をドラゴンの角煮へと差し込む。
「まったく、これを存分に味わえないネクターが可哀想でならないな。早くお前は元気になれ。全快しろ。治ったら絶対に紅楼に来い。俺が最高の角煮を作ってやる」
ネクターさんはそんなエンさんの言葉に力強くうなずいて
「えぇ、必ず。期待してるよ。ただし、いまいちだったらその時ははっきり言わせてもらうから」
と不敵に笑う。
「私もエンさんの作った角煮、絶対に食べたいです!」
「嫁に来れば毎日でも食べさせてやるのにな」
「エン。それだけは絶対に許しませんよ」
ネクターさんの冷たい言葉に「冗談だろ」とエンさんは角煮を口へほうり込んで、
「うん、うまいな。お嬢さん、しばらくはこれで我慢してくれ」
と肩をすくめた。




