166.ボリュームたっぷり食堂飯!(1)
ドラゴンの角煮に、乙草の甘酢和え、紅玉蟹の炊き込みご飯。その他にも山菜とイワノコの天ぷらや、波山豆腐がテーブルに並ぶ。
「ふぉぉぉ!」
「どれもおいしそうですね」
「これだけ食べれば、さすがのお嬢さんでも夜までは持つだろう?」
「ばっちりです! 最高です! どれもおいしそう~!」
エンさんに注文を任せたけれど、お野菜からご飯ものまでバランスよく頼んでくださっていて、完璧な品揃えだ。
しかも、この天竜山の麓ならではなメニューもしっかり食べられるこの贅沢な顔ぶれ! 私、ニヤニヤが止まりません! エンさんは天才です!
「ネクター、大丈夫か?」
まだ味覚の戻らないネクターさんを気遣ってか、エンさんがそっとネクターさんを窺う。
「そうだね、いつも通りお嬢さまの感想を聞いてから食べることにするよ」
ネクターさんにサラリと重要なポジションを任されて、私は「う」と言葉に詰まる。
とにかくおいしいことを伝えなくちゃ、と思うと、どうしても緊張しちゃう。
私なんて食べるだけなのに、これを作る人はもっとすごいプレッシャーだろう。ネクターさんがストレスを抱えた理由も想像できるような……。
「お嬢さまはいつも通り食べていただければ良いですよ。上手な感想を、と考える必要はありません。お嬢さまが食べている姿を見るだけでも、どれほどおいしいのか分かりますから」
ネクターさんは優しく微笑むと、私の方へとお箸を差し出す。
受け取って、食前の挨拶をすませれば、なぜかエンさんも私の方を見るばかり。
「エンさんは普通に食べてください!」
「はは、悪い悪い。料理人としては、やっぱりお嬢さんの食いっぷりを見ているだけでも嬉しくなるからな。つい気になって」
ネクターさんもうんうんと同意して首を何度も縦に振る。
料理人コンビめ。仲良くなったと思ったら、すぐに結託するんだから。
「……わかりました、それじゃあ、お先に」
なんとなく食べられているところを見られていると思うと気まずいんだけど……。
まずは、前菜になりそうな乙草の甘酢和えから。
ベ・ゲタルで食べた乙草のカレーはすごく辛くて、その後おなかを壊したからちょっと不安だけど。
少しだけなら大丈夫って言ってたし!
ぱくり。乙草を口へ運んで、数度噛む。
シャキシャキした葉からピリリと刺激が舌へ伝わると同時、乙草にしみ込んだ甘酢の爽やかな味が絡まった。
「ん! 辛くないです! 甘酢の甘さもあってまろやかだし、すごくさっぱりしてて……っ! 嘘です! あ、辛い! やっぱり辛いかもです! でもおいしい!」
やっぱり後から焼けるような痛みが遅れてやってくるのだけれど、それでも食べられる。
甘酢のおかげもあって、最終的にはかなり辛さも抑えられている気がする。
普通、前菜のこういう和え物でご飯を食べたくなることはあまりないのだけれど、これは別格だ。辛味もあって、それが食欲を刺激するのか、お米が欲しい!
「炊き込みご飯も食べていいですか!」
「もちろんです」
聞くやいなや、ネクターさんがお茶碗に炊き込みご飯を盛る。
紅玉蟹の薄紅の身が、出汁たっぷりのご飯とネギの緑に相まって美しい。
こちらは迷うことなく口へ。
ふわっと口全体に広がる紅玉蟹の優しい甘み、出汁の旨味が凝縮されたモチモチのお米、ネギの青臭さと食感……!
「んん~~~~っ! これは……おいしいです……! 紅玉蟹の味がすごく濃厚で、蟹とは思えないくらいしっかり香りまで感じるというか! 出汁ともよく合うし、ネギの食感もシャキシャキで楽しいし……!」
噛めば噛むほど、紅玉蟹の身から出る甘みでご飯の甘みも増して、乙草の辛みも和らいでいく。
というか、むしろ乙草と甘酢の後味が、良い調味料になるくらいだ。
「相変わらずうまそうに食べるな」
「僕もいただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん! みんなで食べましょう! 私は、次は……天ぷらにします!」
木に生えるキノコ。岩に生えるイワノコ。
話には聞いたことがあったけれど、シュテープにはないキノコの亜種に、私の鼓動も高まる。
「お嬢さまは、イワノコは初めてですか?」
「はい! シュテープじゃまず見かけないですよね」
「そうですね。イワノコは特殊な条件でしか育たないんです。湿度が高いことや、暗いこと、温度が一定であること……それに岩に含まれている成分が影響するんだそうですよ」
「シュテープにはそもそも岩場が少ないもんな。海岸沿いじゃ気温が低すぎるし」
それらの条件を満たすのが紅楼の岩山ということなのだろう。
天ぷらの衣越しに確認できる形は、キノコによく似ているけれど……キノコよりも緑がかっている。
「イワノコの方がうまいぞ」
「キノコもおいしいでしょう。イワノコは出汁もとれませんし」
エンさんとネクターさんの間にバチリと火花が散る。
「もう! 仲良くしてください!」
私が二人をたしなめると、料理人としてのプライドが邪魔をするのか、珍しく二人はむっと顔をしかめただけだ。
このキノコイワノコ戦争に終止符を打たねば。
私は「いきます!」と天ぷらをたっぷりの出汁に絡ませて口へ放り込む。
「ん!」
サクッと軽い衣の食感に続いて、想像以上にふわふわとやわらかな食感が!
あたたかなイワノコは、ほんのりと優しい味とキノコによく似た品のある香りがあって、じんわりと心に幸せが広がる。
「おいしい~~~~! こんなにふわふわなんですね⁉ キノコほどしっかりした味じゃないけど、天ぷらならこれくらいでも良いかも……。やっぱりこの食感が良いです!」
たっぷりの出汁がしっかり衣からイワノコまで染みて、繊細で上品な味だ。
イワノコ自体もすごくおいしいし、キノコと比較しても、互いに良いところしか出てこない。
食感で言えば、このふわふわ加減は捨てがたい。でも、天ぷら以外のお料理ってなると、キノコの方が味はしっかりしてるし……。
うーん……。よし! キノコイワノコ戦争は引き分けです!
私が二人の手を取って持ち上げる。
「勝者、二人です!」
宣言すれば、ネクターさんとエンさんは同時に吹き出した。




