165.砂漠地帯へと向かって
翌朝、私たちは辰子さまに言われた通り、砂漠地帯へと向かうことに決めた。
ちょうど砂漠地帯へは行きたいと思っていたところだったし、なんだか運命めいたものを感じる。
「噴火がまだ続いているらしい。一度下山して、別のルートから山を越えよう」
昨日お世話になったドラゴンハンターのメンバーに連絡を入れたエンさんは、電話で教えてもらったというルートを携帯端末に映し出す。
「下山はやっぱり、リフトを……?」
「あぁ。噴火って言っても小規模だし、リフトまでは影響がないからな」
「ちなみに車は……」
「なんだ、ネクター。まだ怖がってるのか?」
「そ、そういうわけじゃ!」
どう考えても『怖がっている』一択なのだが、ネクターさんはブンブンと首を振る。
「じゃあ、決まりだな」
エンさんはパンと手を打つと「行くぞ」と荷物を持って山小屋を出た.。私もそれに続き、最後はネクターさんが少しだけ重い足取りで山小屋を出て、扉を閉める。
頭上にはまだ濛々と灰色の煙があがっていて、時折、ドラゴンの鳴き声が煙の向こうに響いた。
たった一泊二日とは思えないほど濃厚な時間だったな……。
私は最後に天竜山の山頂を仰ぎ見る。
バサリ。ドラゴンの翼がはためいて、煙が一瞬晴れた。
煙の向こうに広がった青空と、雄大なドラゴンの姿を目に焼き付けて、私は天竜山を後にした。
*
「……もう、しばらくリフトは乗らないですよね?」
リフトから下りたばかりのネクターさんは懇願するようにエンさんを見つめた。
どうやらリフトは苦手らしい。スカイレールは平気そうだったし、高いところがダメって訳じゃなさそうだけど。
「そうだな。確か今から山を越える別のルートは、上りも下りもリフトじゃなくて昇降機だったはずだ」
エンさんの回答に、ネクターさんはあからさまに胸をなでおろす。
「ネクターさん、スカイレールは平気でしたよね?」
「えぇ。あれは、足がちゃんと地についていますから」
「えぇっと……足がブラブラするのがダメってことですか?」
「そうかもしれません。足がつかないと落ち着かないでしょう?」
何を当たり前のことを、と言いたげな顔でネクターさんは首をかしげる。
私は別に足がブラブラしてても平気だから良く分からないけれど、早起きをすること以外はきっちりしているネクターさんらしい言い分だ。
そういえば、泳げないとも言っていたし、もしかしたら無重力みたいな状態が苦手なのかも。
「もしかして、水の中も足がつかないから苦手ってことですかね?」
「そう言われてみればそうかもしれません」
なるほど、と一人納得したようにうなずくネクターさんは、なんだかかわいらしかった。
「ふふ、なんだかネクターさんのこと、たくさん知れて嬉しいです」
完璧そうなネクターさんの苦手なことを知るのは特に。
いたずら心が芽生えて笑みをこぼせば、ネクターさん本人は気に食わない、と眉をひそめる。
「少しくらい、お嬢さまのように苦手なものも克服できれば良いのですが」
「なんだか前向きになりましたよね」
「……僕が、ですか?」
「はい! ネクターさん、頼もしくなりました! あ、前から頼もしかったですけど、今は、もっと!」
これももしかして、焔華結晶のおかげなのだろうか?
肝心の味覚は戻らなかったけれど、その分、精神的なものが回復したというか……普通の人くらいには前向きさが戻ったというか……。
「今まで、黙っていたことを、全て話してすっきりしたからかもしれません。やはり、どんなことでも隠し事をしているというのは心苦しいものですから」
「それなら良かったです! これも、エンさんのおかげですね!」
「呼んだか?」
前を歩いていたエンさんがくるりと振り返る。
「いえ。お嬢さまのおかげだと言っただけですよ」
ネクターさんがツンと答えると、エンさんはクツクツと肩を揺らした。
「素直じゃないところは相変わらずだな」
三人で話していると、長い道のりもあっと言う間だ。
麓の町まで下ってこれたらしい。目の前に大きな赤と黒、金の鮮やかな門が現れる。
昨日は出発が早かったせいでどこのお店も閉まっていたけれど、今日は違う。
もう昼前ということもあって、あちらこちらから良い香りが漂ってきている。
「ほわぁぁ! 良い匂いです‼」
「本当ですね。少し早いですが、お昼にしますか?」
「そうだな。ここから山越えもしなくちゃいけないし、山を下るまで町もなくなるからな」
「やった!」
「この辺りはドラゴン肉を扱う店が多いんでしたよね?」
「あぁ。それ以外にも、珍しい料理が多いから楽しめると思う」
「活火山の麓だから……紅玉蟹とか、波山も食べれるんですよね⁉」
「はは、さすがお嬢さん。よく覚えてるな」
「それでは、専門店ではなく、色々料理が食べられそうなお店を探しましょう」
ネクターさんの提案に、エンさんが「それなら」と早速道案内をしてくださる。
あちらこちらから漂ってくる良い匂いにつられながらも、エンさんについていくと、ひときわ賑わっている大きなお店が。
「龍風酒家?」
「ここらじゃ一番安くてうまいって人気の店だ。シュテープじゃなんて言うんだったか……あぁっと……」
「食堂ですか?」
「あぁ、そうだ、食堂ってやつだな」
すでに何人かの客が店先のイスに腰かけて並んでいる。
エンさんが入り口の看板にサラサラと名前を書いてくださって、しばらくは待つだけ。
「俺がここで待っているから、その間に他の店も少し見て回ってくると良い。薬屋や民芸品屋なんかもあって面白いぞ」
店先のイスに腰かけたエンさんがヒラヒラと手を振って私たちを見送る。
「ありがとうございます!」
お言葉に甘えて、と私が頭を下げれば、ネクターさんも「ありがとう」と素直にエンさんへお礼を告げる。
いまだ素直なネクターさんというのが信じられないのだろう。エンさんは少しむず痒そうにしていて、その二人のやり取りが私には面白かった。
周囲の珍しいお店を周ること二十分ほど。
「おーい! ネクター! お嬢さん!」
エンさんの声が食堂の方から聞こえてきて、私たちはいよいよだ、と昼食への期待に胸を弾ませた。




