158.ドラゴン狩りは大波乱⁉
「お嬢さま!」
「よくやったな、お嬢さん!」
別のドラゴンを探しに行く、と早速移動を始めたダイジェンさんたちを見送った私のもとに、ネクターさんとエンさんが駆け寄ってくれた。
ネクターさんは今にも泣きだしそうな顔で、エンさんは満面の笑みで。
「本当にご立派でしたよ……。旦那さまも奥さまも、今のお嬢さまの姿を見たらなんとおっしゃるか……」
「こんなことなら動画でも撮っておけば良かったな」
「そんな! 大げさですよ! 緊張しましたけど……なんとかなって良かったです」
「テオブロマさん、お見事でした。名前をお貸しいただいたおかげで、ダイジェンさんも競売にのってくださりましたし……こんなに計画がうまくいくなんて、幸先が良いですね」
イーさんからもお褒めの言葉をいただいて、私は「えへへ」と照れ隠しに笑う。
イーさんの提案のおかげでなんとか丸く解決することが出来たし、やっぱりイーさんは相当交渉事になれているようだ。
影の立役者って感じで頼もしい。
「イーさんみたいに交渉を上手に進められるよう、もっと頑張ります!」
私がぐっと拳を握って見せれば、イーさんも照れ臭そうに笑った。
「大企業のお嬢さまにそう言っていただけるなんて、光栄ですよ。本業は医者ですがね」
「さ! それじゃ、お嬢さんが頑張ったんだ。今度はおれたちの番だな!」
遠くで私たちのやり取りを見守っていたガードさんが声を上げると、レイさんとフィーロさん、ロウさんもパッと姿勢を整える。
「それじゃ、おれとフィーロは洞窟内へ。三人は、依頼人を頼むぞ」
元々決めていたフォーメーション通りに作戦を開始するらしい。
先ほどの競売とは一味違う緊張感が再び空気を支配する。
「フランちゃん、俺が守ってあげるからねっ!」
バチコンッとウィンクを決めるレイさんの軽い口調が緊張をやわらげてくれる。
「お嬢さま、何があっても僕から離れないでくださいね」
「お嬢さん、気をつけろよ」
ネクターさんとエンさんも、早速かばうように私の前に出てくださった。
「大丈夫です! ドラゴンハンターの皆さんも、エンさんとネクターさんも、頼りにしてます!」
信じてますから、と私が親指を立てると、みんなも無言でうなずいた。
「それじゃ、行くぞ」
ガードさんの静かな声とフィーロさんの足音が岩山に響く。
――二人は暗い洞窟に吸い込まれて行った。
*
「だ、大丈夫でしょうか……」
木の影で息を潜めながらも、やっぱり洞窟の方が気になって私が呟くと
「大丈夫だよ~! 万が一何かあっても俺がちゃぁんと! フランちゃんのことは守るからね」
とレイさんが余裕そうに口笛を鳴らす。
ロウさんやイーさんも落ち着いているし、ドラゴンハンターの人たちは本当にこういう場面には慣れているらしい。
心強い。そうは思うものの、やっぱり私の心臓はバクバクとうるさくて、手にじとりとにじんだ汗を何度も拭う。
何度深呼吸をしたかわからない。
続いていた長い緊張、それを破ったのは鋭い鐘の音だった。
それにいち早く反応したレイさんは
「イーさん! フランちゃんを遠くに! ちょっとでも傷つけたら俺が許さないからねっ!」
とイーさんに激を飛ばして、前方へ体を投げ出す。
ロウさんがレイさんの後を追って木々の隙間を抜けていく。
イーさんは私たち三人を連れて「こちらへ!」と逆方向へと走り出した。
直後――
ドォンッ! と激しい音と共に、熱風が背中に吹き付ける。
「あつっ⁉」
「ドラゴンのお出ましだ! お嬢さん、走れ!」
エンさんの声と同時、ネクターさんが私の手を引く。引かれるがまま私の体は前に出る。
「お嬢さま、大丈夫ですか⁉」
「な、なんとかっ!」
大丈夫です、と言いつつも、後方から木々のなぎ倒される音や鋭い銃撃音、ドラゴンと思しき咆哮が聞こえ、小さな悲鳴が口をついて出た。
「お三方! この岩の後ろに!」
イーさんの声がする方向へ目をやると、大きな岩山が壁のようにそびえたっている。
ネクターさんは走る速度を落としたかと思うと、私の背中側へと回り「お嬢さまが先に」と私を岩の裏、一番安全なくぼみへと押しやった。
が、息を吐く間もなく鈍い地響きが訪れる。
「きゃっ⁉」
「お嬢さま‼」
「噴火だ‼」
エンさんの声に見上げると、濛々と立ち込める黒煙。近くの岩山が土砂崩れを起こし、大小さまざまな岩石が降る。
「まずい!」
今度はネクターさんの声。咄嗟に顔を伏せる。ドンッと鈍い衝撃が体を包んだ。
痛みを覚悟して体を硬直させた私は――やがて、あたたかな温度と耳元に聞こえる大きな鼓動に顔を上げた。
「っ⁉」
唇が触れるか触れないかの距離。黄金に輝く髪が私の頬を撫でる。
相手も揺れがおさまったことに安堵したのか長いまつげをゆるりと持ち上げて……。
「……っ⁉ 申し訳ありませんっ!」
とてつもない勢いで後方へと飛びのいた。
「わ、私こそっ! ネクターさん、怪我はないですか⁉」
どうやら、ネクターさんが私をかばってくださったらしい。
ネクターさんのお洋服は砂まみれだ。飛びのいた衝撃でそれらが舞い上がったのか、ネクターさんはケホケホとせき込んだ。
「だ、大丈夫です……。それより、お嬢さまは……」
「私は大丈夫です! ネクターさんが、かばってくださったから……」
先ほどのことを思い出して、かぁっと顔が赤くなるのが分かった。
壁ドンならぬ、岩ドンをまともにくらったのだ。しかも、超至近距離でネクターさんのイケメンなご尊顔があるとなれば、そりゃどんなにイケメン耐性があろうと無理です‼
「フランちゃーんっ! 俺の最後の一撃必殺見た⁉ かっこよかったっしょ⁉ ……って、あれ?」
私とネクターさんが気まずそうに顔を逸らしているところに、レイさんが駆け寄ってきてくださって、私もなんとか我を取り戻す。
レイさんは「ははぁん」とニヤニヤした笑みをこちらに向けた。
「……王子さまがいたんじゃしかたないね!」
「そ、そういうわけじゃっ!」
「そそそ、それよりも! ドラゴンは……」
私とネクターさんのあたふたとした声が重なる。
レイさんはそんな私たちを見て、再びにんまりと口角を上げた。
「大丈夫、ちゃんと仕留めましたよ」
岩陰に隠れていたイーさんとエンさんもひょこりと顔を出して、ちょいちょいと私の後方を指さす。
ゆっくりと振り返れば、そこには大きな血だまりと共に倒れたドラゴンの姿があった。




