153.ご対面、ドラゴンハンター
山小屋に到着するころには、すっかりあたりの霧も晴れていた。太陽も雲間から顔をのぞかせている。山の天気は変わりやすい、と聞いたことがあるけれど、今日は一日快晴らしい。
岩山の小さな台地をうまく活用して建てられた山小屋は、まるで岩山から生えているかのよう。やはりというべきか、建物は六角形になっている。
すっかり見慣れたはずなのに、ネクターさんはしげしげとその構造を観察していた。
ロウさんが代表で山小屋の扉をノックする。
何かあった時の避難場所としても使われるため、インターホンや鍵はないらしい。
ドンドンと二度ほど扉を鳴らせば、内側から扉が開いた。
十分がっしり体形なロウさんより、更に一回り大きく見える男の人が顔をのぞかせる。
顔のあちらこちらに傷が残っていて無骨な感じが、いかにも強そうだ。
だが、その顔立ちは紅楼の人というよりも、シュテープの人のように見えた。
「おはようございます、ガードさん」
「おぉ、ロウか。おはよう。っと……そっちの三人が今回のお客人だな。はじめまして、ガード・フェンダーだ」
やっぱり、名前もシュテープの人っぽいような?
そんなことを思いつつも、挨拶と握手を交わす。
ロウさんよりもさらに分厚くがっしりとした手は、ちょっと握手しただけでも自分の手の骨など簡単におられてしまうのではないだろうか、と思うくらいだ。
「中に入ってくれ。他のメンバーも紹介しよう」
大柄な体は山小屋が少し窮屈そうに見える。ガードさんは頭を下げて扉をくぐり、私たちを中へと案内してくれた。
たくさんの狩猟道具が立てかけられている玄関を抜け、簡易キッチンを通り過ぎる。
「ロウたちが来たぞ」
言いながらガードさんが扉を開けると、それぞれに時間を過ごしていたであろうガードさんのチームメンバー皆の視線が一気に集まった。
「おおっ⁉ かわいこちゃんがいる!」
「レイ、キモい」
「そんなことより挨拶だろ? ほら、引かれてるぞレイ。ステイ」
「……まったく、お前たちに緊張感はないのか。仮にも今回の依頼人だぞ」
「わかってますよ、ガードさん! 麗しのレディ、はじめまして。オレはレイ。紅楼一のドラゴンハンターだ。よろしくね」
さっと私の前にひざまずいて華麗な一礼をしたレイさんは、にっこりと笑みを向けた。
アシンメトリーの前髪がさらりと耳元で揺れる。筋肉質ではあるもののしなやかな体つきは、ロウさんやガードさんを見た後だと華奢に見える。
「フィーロ・ブラウン。よろしく。このキモいのは無視していい」
私の前からなかなか動こうとしないレイさんを容赦なく蹴りつけて床に転がしたのは、フィーロさん。
メンバー唯一の女性だが、ばっさりと切りそろえた濃紺の髪と美しい青の瞳もあいまって、すごくかっこいい。
彼女も華奢に見えるが、レイさんに放った蹴りの威力はすさまじかったし、相当強そうだ。
「ひどいよぉ」と泣きつくレイさんを軽くあしらいながら、残る一人、メガネをかけたおじさんが優しくほほえんだ。
「イーです。医者をやってるので、何かあればまずはわたしにご遠慮なくおっしゃってください」
一通り全員の紹介が終わり、私たちもそれぞれに挨拶する。
今回はガードさんのメンバー四人にロウさんを加えた五人で、私たちを護衛しつつ、ドラゴンを狩ってくださるのだそうだ。
「さて、と。俺はキッチンを借りるぞ。朝飯は何でもいいのか?」
「悪いな。冷蔵庫に入ってるものは好きに使ってもらってかまわない。腕の良い料理人と聞いたぞ、楽しみにしている」
ガードさんからの許可も受けて、早速エンさんがキッチンへ向かう。
「ほら、ネクターも行くぞ」
「いや、俺は……」
あからさまに眉根を寄せたネクターさんも気にせず、エンさんが彼の肩に手を回して「いいから」と連行していく。
昔はああして、一緒に厨房へ向かったのかもしれない。
私も二人が料理をしているところを見たい、と後を追おうとしたけれど、
「お嬢さんはリビングで待っててくれ。キッチンがせまかったから、あまり人も入れないしな」
とエンさんから断られてしまった。パチンと軽くウィンクがついて、男二人で秘密の話をするのかもしれない、と察する。
「わかりました! それじゃあ、お言葉に甘えて、楽しみに待ってます!」
私が二人を見送れば、気を遣ってくださったのか、レイさんが早速話しかけてきてくださった。
「フランちゃんはシュテープの人だよね? ガードさんもシュテープの出身なんだよ」
「やっぱりそうなんですね! お顔立ちとかお名前で、そうかなと思ってたんですが……どうしてガードさんは紅楼でドラゴンハンターになったんですか?」
「昔はシュテープで警備員や要人の護衛をしていたんだが、ある日仕事で紅楼に来てな。その時ドラゴンを見て、一目惚れしたんだ」
照れ臭そうにガードさんはポリポリと頬をかく。笑った表情が思ったよりも幼くて、最初の強面から感じた堅そうな印象がやわらいだ。
「ちなみに、オレとイーさんは紅楼出身だけど、フィーロはズパルメンティの出身なんだ」
「そうなんですね⁉ 多国籍チームでかっこいいです!」
「フランはズパルメンティに来たことがあるの?」
「いえ! まだ行ったことがないんです。今、ちょうど、プレー島群の国をまわっているところなので、これから行く予定で」
「そう。良いところだよ。遊びに来て」
フィーロさんはあまり笑わないけれど、故郷を思う目は優しかった。
「そういえば、お嬢さんは屋敷を追い出されたんだって?」
エンさんから話を聞いていたのだろう。ロウさんがそう切り出すと、話題は私のことになる。
ロウさんの言い方のせいもあってか、ずいぶんとその話は盛り上がった。
どれくらい話していたのか。
ふわり、と食欲をそそる良い香りがして、私たちの会話が自然と止まる。
どうやら朝食が出来たらしい。
カチャカチャと食器のぶつかる音が静かになったリビングにまで聞こえて来た。
ガチャン、とキッチンとリビングをへだてる扉が開けば
「出来たぞ」
エンさんの声と共に、さらに良い香りがしっかりとこちらまで届いた。




