15.魔法のカバンに大変身⁉
「お待たせいたしました。こちら、お品物でございます」
試着を終えて新しいお洋服に身を包んだ私に、お父さまからのカバンが渡される。
どういうことだろう。
「あれ?」
軽い。今朝まで中に入っていたはずのフリットーの蜜漬けがなくなっちゃったみたいに。
「なんで⁉」
びっくりしてカバンを覗き込むと、フリットーの蜜漬けは確かにそこにちゃんとある。しかも、カバンに変化はない。
「でも……」
蜜漬けがたっぷり入った瓶をカバンから取り出すと、しっかりとした重さもある。
けれど、カバンに戻すとあら不思議。
「なんでぇ!」
カバンにその重みが伝わることはなかった。
「実は、お父さまからのカバンには特殊な仕掛けがされていたようです。僕も気づきませんでしたが、こちらの店員の方がそれに気づいてくださったんですよ」
「特殊な仕掛け?」
「そちらのおカバンは大変貴重なお品物でして。一見すると普通のカバンと変わりがないのですが、ストラップの留め具のところに……」
店員さんに促されて、肩掛け用のストラップが止められている留め具に視線をやった。
ゴールドのひし形のボタンがついていて、かわいいデザインだな、と思っていたけれど。
「そこを押してみてください」
言われるがまま、ぐっとボタンを押し込む。
パチンと軽い音がして、途端、ずっしりと蜜漬けの重みが感じられた。
「ほわっ⁉ な、なにこれ! どういうこと⁉」
もう一度ボタンを押すと、カバンは再び軽くなる。
それこそまるで魔法みたい。
目をパチパチと何度かしばたたかせると、店員さんが「ご説明いたしますね」と切り出した。
「そちらのおカバンは、魔力が流れる特殊な糸……魔物の毛を使って作られております。魔法使いの方の手が入っているのでしょう。魔力の流れを操作するスイッチに留め具が使われているようです」
「え? えっと、ガチ魔法ってこと?」
「ガチ……そうですね。正真正銘、魔法が使われております」
「マジ⁉」
「マジです」
「じゃ、じゃあ! 魔力が流れたら、さっきみたいにカバンが軽くなるってことですか?」
「カバンが軽くなっているわけではなく、カバンの中に入れた物の質量や大きさがキャンセルされる魔法になっているのです」
店員さんの言葉がピンとこず、私は首をかしげる。
質量や大きさをキャンセルするってどういうこと?
「えっと、つまり?」
料理長をうかがうと、料理長も驚きを顔に出したままだった。
けれど、私の反応に我へと返ったようで、しばらくするとその表情も通常営業に戻る。
「お嬢さまのお言葉をお借りするなら、魔法のカバン、といったところでしょうか」
「魔法のカバン!」
なんだかよくわかんないけど、お父さま、なんてものをプレゼントに!
お母さまもだけど、お父さまもやっぱりすごい!
「どんなに重いものや大きいものを入れても、カバンのサイズや重さは変わらないんだそうです」
料理長の説明で、私はようやく全てを理解する。
「ほぇぇ! すごい! 超すごいじゃないですか‼」
「買ったお洋服もすべて、この中に入れて持ち運べますよ」
「えっ! じゃあ、もっと買えば良かったです!」
「そういう問題ではないですが……とにかく、そういうことですね」
私たちの会話に、店員さんが「ですが」と説明を付け加えた。
「たくさんの物を入れたままで留め具のボタンを押してしまうと、魔力が途切れて普通のカバンに戻ります。その場合は、カバンが破裂してしまいますのでご注意くださいね」
「え」
なんでもかんでも入るからって中に入れたら、ボタン一つで爆発しちゃうってこと?
それって、もしかしなくても超やばくない?
私と料理長が目を合わせると、店員さんが苦笑する。
「え、と。どうすれば?」
「もし不安でしたら、留め具が動かないように加工することも可能ですよ」
「お願いします!」
断る理由が見つからない。
私は大慌てで、カバンをもう一度店員さんへと差し出す。
「かしこまりました。すぐに終わりますので、お待ちくださいね」
店員さんは、ちょっとした爆弾を扱っているとは思えない軽やかな足取りで、店の奥へと戻っていった。
「お父さま、魔法使いのお友達もいたんですね」
エンテイおじいちゃんみたいに、お酒仲間なのかもしれない。
ひとまず、いろんなびっくりから解放された私の感想に、料理長は遠い目をしていた。
「旦那さまならありえますね。それにしても、どうやってお知り合いになったのか」
魔法使いは、どの国のどの組織にも属さない少数精鋭のヒーローチームみたいなもの。
ピンチになるとどこからともなく駆け付けてくれるけど、だからこそ神出鬼没。彼らと人生の中で一度でも出会えたら運が良い、なんて話まである。
「魔法のカードに、魔法のカバン。まさに旅行セットだったってことですね」
「旅行セット……。こんなにすごいものを、その一言で済ませられるお嬢さまもすごいお方ですね」
「えへへ」
褒めてはおりませんが。そう聞こえた気がするけど、多分気のせいだろう。
店の奥から店員さんが戻ってきて、私たちは会話を切り上げる。
「お待たせいたしました。こちらでいかがでしょうか」
留め具が動かないよう裏地にうまく縫い付けられていた。これなら、見た目も問題ないし、爆発スイッチを不用意に押さなくてすみそうだ。
「大丈夫です! ありがとうございます!」
「こちらこそ、素晴らしいものを見せていただきました。この国……いえ、この世界でもそう多くはないものでしょう。お大事になさってくださいね」
「はい! お父さまからもらったプレゼントなので、ずっと大事に使います!」
カバンを肩から下げて、ぎゅっとストラップを握りしめる。
カバンは本当に驚くほど重さを感じなくて、なんだか違和感があるくらいだけど、それもそのうち慣れてくるのだろう。
「買ったお洋服は、そちらのカバンにお入れしましょうか?」
「お願いします」
「では、お会計をこちらで承りますね」
新しいお洋服もたくさん買って、カバンまで大変身させてもらったのに、お会計は激安の殿堂級だったみたい。
多分、料理長が何度も店員さんに間違っていないか確認していたから、そういうことなんだと思う。
こうして、お会計をすませ、新たなお洋服を身にまとった私たちは、店員さんに見送られながら次なる目的地、ガラスギルドへと向かった。