146.紅楼の装い、香炉宮
「かーわーいいっ‼ ですっ‼ 最高です‼ はあぁ~、こんなにかわいらしいお嬢さんとお知り合いになれるなんて……まったく、お兄さまも捨てたもんじゃありませんね!」
一通りお洋服を着せたインさんが満足したのは、一時間後のことだった。
「あ、ありがとうございました……」
正直、疲れた……。インさんは良い人だし、いろんなお洋服が着れたのは私も嬉しいけれど。
ネクターさんたちの方へ戻ると、エンさんが先に気付いて振り返る。
どうやらネクターさんの着替えはとうに終わっていたようで、
「長かっただろ? お疲れさん」
とエンさんに苦笑されてしまった。
「それにしてもお嬢さんは何を着てもよく似合うな」
サラリとエンさんが褒め「そうでしょう⁉」とインさんが全力で同意する。
伸ばしかけたエンさんの手を掴んで、ネクターさんが
「お嬢さまに触るなと言っているでしょう」
と冷ややかな笑みを向けるまでが一連の流れだ。
「ネクターさんもかっこいいです! よくお似合いです!」
「ありがとうございます。僕は、やはりこういうのも着慣れていないので……少し落ち着きませんが。お嬢さまもよくお似合いですよ」
紅楼のお洋服は、確かにシュテープのものとはずいぶんと違う。着物風なデザインだけど、今時な感じにリメイクされている。慣れるまで脱ぎ着するのも時間がかかりそうだ。
装飾も多くて、ちょっとしたお洋服のはずなのに、なんだかすごく豪華に感じる。
でも、帯を止めている紐を歯車で緩めたり閉めたりできるのは機能的で良いかも!
ご飯をおなかいっぱい食べても苦しくなることはなさそうだ。
他にも何着か選んでもらったお洋服を包んでもらってお金を払う。
インさんは、私がもっていたカバンが魔法のカバンだと知るやいなや感激の声をあげ、再びエンさんに頭を小突かれていた。
「ところで、お二人はこれからお昼になさいますの?」
「そのつもりだが。インも行くか?」
「いえ、残念ながらわたくしはまだお店を開けていなくてはいけませんから。最近できた喫茶店が若い子の間で話題なんですの。よろしければそちらに行ってみてくださいまし」
「喫茶店?」
「香炉宮というお店ですわ。お兄さま、知らなくて?」
「あぁ……名前は聞いたことがある。入ったことはないな」
「女性に大人気なんですのよ。お嬢さんでしたら、きっと楽しめると思いますわ」
インさんがニコリと微笑んで私の手を両手でぎゅっと握りしめる。
「はぁ……お別れしてしまうのが名残惜しいですわ……。またぜひ遊びにきてくださいまし。インはいつでもここにおりますから。お兄さまに嫁いで、妹としてきてくださってもかまいませんことよ」
「そ、それは……遠慮してオキマス」
「あら、残念。ふふ、ではまたお客さまとしていつでも遊びにきてくださいね、お嬢さん」
エンさんに似た美しい顔立ちで笑みを向けられては、断りにくいというもので。
「ま、また遊びにキマス」
と社交辞令を返せば「あぁん! 寂しい!」とインさんは冗談交じりに目を細めた。
「まったく。悪いな、お嬢さん。こういうやつなんだ。悪気はないから、仲良くしてくれると嬉しいよ」
「お嬢さまは、本当にどこへ行ってもおモテになられますね」
エンさんとネクターさんの二人から苦笑をもらい、お店を後にする。
ちょうどお昼の時間。インさんがおすすめしてくれた『香炉宮』へ行ってみようということになり、エンさんの案内で商店街を進んだ。
*
「ここだな」
到着したのは想像よりはるかに立派な建物だった。
何より、薄い青紫の屋根が目をひく。黒や赤、緑のコントラストが多い商店街の中では珍しい色合いだ。外壁に白を使っていたり、装飾に金を使っていたりするところは同じだけど、全体的に淡い色合いでまとめられている。
「かわいい……!」
確かにこれは若い女性に受けそう!
「男性には少し入りづらい雰囲気ですね」
「そうだな。さすがにこれは、お嬢さんがいないと入れなかったな」
私とは対照的に苦笑交じりな男性陣は、入り口に出来た行列を見て「行くか」と覚悟を決めたように歩き出す。
女性ばかりではないものの、やはり男性は少数派。
その上、エンさんとネクターさんというイケメン二人が並んでいようものなら、やっぱり注目の的になるもので。
ネクターさんはいたたまれなさそうに顔を伏せ、エンさんは堂々と気にした素振りもなく行列の最後尾に並ぶ。
私はといえば……やっぱりなんとなく肩身が狭くて、早く案内してほしい、と思わざるを得なかった。
そんな私の居心地の悪さを察したか、珍しくネクターさんから話題を振ってくださる。
「そういえば、お嬢さま。この辺りの観光が終わったら、どこか行きたい場所はありますか?」
「砂漠地帯に行きたいって今朝もエンさんと話していたところです!」
「そうでしたか。では、そちらへ向かいましょう。他に行きたいところはございませんか?」
「うぅん……あ、そうだ。やっぱり天竜山は気になります!」
はい! と私が挙手をすると、エンさんが「あぁ」と腕を組んだ。
「お嬢さん、実はあそこはちょっと立ち入りが難しいんだ」
「そうなんですか⁉」
「ドラゴンの生息域だし、活火山だからな。麓は問題ないが、タイミング次第だな」
「そうなんですね……」
私がしゅんと手を下ろすと、エンさんが「大丈夫だ」と笑う。
「知り合いに聞いてみるよ。ドラゴンハンターをやってるやつがいるんだ」
「ドラゴンハンター⁉」
なんですかそれは、とてつもなくかっこいいではありませんか!
一狩り行っちゃったり、おいしいお肉を焼いちゃったりするあのお方ですね⁉
「ま、天竜山には登れなくても、ドラゴン肉のうまい店も多いし、ドラゴンはいろんな薬にもなるからな。薬膳料理としても色々食べられるだろうさ」
薬。その単語をやけに強調したエンさんに、ネクターさんがピクリと反応する。
「薬膳料理、懐かしいですね」
「そういえば、俺が唯一お前に教えたことだったな」
「シュテープにはない考え方でしたから、すごく参考になりました」
「あの頃はお前に学んでばっかりだったからな。今回はそのお礼も出来て嬉しいよ」
二人の過去はまだ詳しく聞いていない。この後、昔のネクターさんのことももう少し聞いてみよう。




