143.体と心、あたためて
目の前に置かれたお粥はツヤツヤと美しい白に輝いていて、七草の緑とのコントラストが見事だった。
出汁の香りと炊き立てのお米特有の香りが鼻をくすぐる。
「おいしそう……」
「あら、お嬢ちゃん、お粥は初めてかい?」
「あ、いえ! 風邪の時とかに何度か」
「あっはっは、そりゃそうだ! うちのはとりわけおいしいよ! 元気がない時は、お粥が一番! 心もしっかりあっためるつもりで味わっていきな!」
おばさまはバシバシと私の肩をたたくと、厨房の方へと戻っていく。
おばさまのパワーに圧倒されて、食べる前からエネルギーを分けてもらった気分だ。
「悪い、暗い話になったな。俺の考えすぎかもしれないし、あまり気にしないでくれ。朝食にしよう」
「……そうですね」
ネクターさんのことは気になるけれど、だからと言ってすぐに何か出来るわけではない。
それに、いざ何かしようと思った時に元気がなければ動けないもん。私もいっぱい食べて、ネクターさんを助けてあげるんだってくらいの気持ちでいなきゃ。
私が両手を組んで
「我らの未来に幸あらんことを」
いつも通りお祈りをすませると、エンさんが「懐かしいな」と目を細めた。
れんげをお粥の白い海に沈める。
お米はほとんど形がなくなってしまうくらいドロドロに煮込まれていて、なんだかスープみたいだ。
れんげを持ち上げれば、もったりとしたお米の重みを感じる。これぞお粥って感じ!
たっぷりの七草、それぞれの葉っぱはお粥に入っているとは思えないほどみずみずしさを感じる。
早速口の中へ運ぶ。
はふはふと口の中でさましつつ、お粥のドロリとした食感をなめるように味わえば――お米本来の甘さと、出汁の塩気がやわらかに混ざり合っていく。
シャキシャキとした七草の食感とごま油の香りがそこに合わさって、シンプルなのにしっかりとした味わいだ。
「これは、おいしいです……! 朝にも重くないし、サラッと食べれるのに、ものすごく満足感があるというか! お粥自体もあったかいし、すごく体がぽかぽかします!」
熱いから一度に食べられないところも満腹感を増長させているのかも。
味付けが少し濃いあたりも、朝から体が覚醒する感覚になる。
「それに、七草もすごくおいしいです! シャキシャキした歯ごたえと、このごま油の濃厚な香りがまたやさしいお粥の味にあってて……」
「はは、本当にお嬢さんは料理人たらしだな」
「嘘じゃないですよ! 本当にすっごくおいしいです!」
しっかりと内側からあたためられて、まだ眠気を引きずっている体がゆっくりとエンジンをかけていく。
内臓や脳や、心が、動き出すのが分かる。それにつられて、れんげにのせたお粥を二口、三口と食べ進めれば、あっという間に一日を迎える準備は万端。
「少し元気になったか?」
「はい! なんだか、頑張ろうって思えてきました! もしも、ネクターさんが本当に困っているなら助けてあげたいし、私でも出来ることがあるなら力にならなくちゃ」
「頼もしいお嬢さんだな」
エンさんは食べる手を止めて、私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
その手もあたたかくて、お粥に元気をもらったのは私だけじゃないみたいだった。
「ほら、俺のも食べるだろ?」
「良いんですか⁉」
「もちろん」
エンさんがお椀ごとこちらにお粥を差し出す。取り皿がないので「失礼します!」と自分のれんげをそのまま使わせてもらう。
梅肉龍骨は、お粥に梅とドラゴンのお肉が入っていて、見た目から食欲がそそられた。
「梅の良い香り……」
「ほぐした梅肉、ドラゴンの胸肉、それに龍骨だな。それぞれ食欲増進や体温上昇、それから鎮静作用の効果があるんだ」
「ドラゴンの骨も食べられるんですか⁉」
「味はしないがな。骨粉を混ぜると、舌に吸い付くような面白い食感になる。ドラゴンの骨は、昔から人の心に平静をもたらすって紅楼じゃ生薬の一種として重宝されてるんだ」
「へぇ! それじゃあ、この梅肉龍骨も薬膳粥ってことですか?」
「そうだな。というか、この国の料理の基本は薬膳だ。五行に基づいて、栄養を取る。そうして、体を根本から正していくっていうのが紅楼の食事の考え方だよ」
「五行……」
温泉でおばあさんから聞いた話にも出てきた。世界を構成する要素、だっけ。
紅楼は、シュテープとは全く違う価値観が根付いているみたい。
「やっぱり、旅に出ると勉強になることばっかりです! 紅楼の歴史ももっと知りたいな」
「少しずつ知っていけばいいさ。俺も、旅に出て色々と学んだよ。料理はその一助になる」
「はい!」
エンさんに解説してもらったことを意識しながら、お粥を口へ運ぶ。
ツンと梅の酸味が口に広がり、出汁をたっぷり吸ったドラゴンの胸肉から旨味が溢れる。
「これもおいしいっ!」
エンさんの言う通り、七草薬膳に比べるとお粥が舌に絡んで、よりお米の密度が感じられるというか……もちもちとしたスープが口の中でゆっくりととろけていくような感覚が面白い。
「ふわぁ……こっちはこっちで、お粥とは思えない贅沢な味わいです! ドラゴンのお肉もむちむちでおいしいし、塩味が強い分、梅がさっぱりしてて食べやすく感じます‼」
深いドラゴンのお肉の大味とも梅がよくマッチしていて、出汁の味がさらに上品に感じられる。
龍骨のおかげかは分からないが、口の中にお米がしっかりと残るから、最後はやさしいお米の味で次の一口も進むし。
「連れてきてくれてありがとうございます! またネクターさんとも食べにきたいです!」
「そうだな、種類も色々あるし、あいつと来ればもう一品食べられるしな」
エンさんにお椀を返すと、彼も満足げにうなずいた。
「お嬢さんには、余計な気苦労をかけてすまなかった。あまり気にせず、これからもあいつの側にいてやってくれ」
「私に何が出来るのか今はまだ何も分からないですけど」
「お嬢さんは、隣にいるだけでいいさ」
エンさんに綺麗な笑みを向けられる。
その表情にはたくさんの希望と、祈り、エンさんの優しさがつまっていた。