139.よく似た正反対たち
「それは不思議ですね」
「それはすごいぞ⁉」
施設館のロビーで待ち合わせしていたネクターさんとエンさんに温泉ことを話すと、二人は正反対の反応を示した。
冷静なネクターさんと驚きをあらわにするエンさん。同じイケメンでもこうも違うとは。
「すごいんですか?」
「老光旺飯店には昔から七不思議って呼ばれてる噂があるんだ。その一つが、仙人老婆ってやつで……ま、お嬢さんが言ったような内容だな。突然現れて消えていく老婆がここには住んでるって話だ」
「仙人って、そんなしょっちゅう現れるものなんですか⁉」
「いや、気に入った相手の前にだけ姿を見せるっていうのが通説だよ」
「さすがはお嬢さまですね。なんというか……その……」
「天然人たらし、だな」
ネクターさんの濁した言葉をエンさんが引き継ぐ。二人して苦笑しているけれど、私には何のことだかさっぱり分からない。
「でもどうしてそれが仙人だってわかるんですか?」
「お嬢さんの話で言えば地名だな。この国に天亮山って場所はない」
「え⁉」
どういうこと? ネクターさんを見やれば、彼も良く分からないと首を横に振った。
「数百年以上は前の地名だからな。天亮ってのは、昔、この国がまだ数百の小国に別れていた時に栄えた国の一つだ。そのあたりの山を、昔は天亮山って呼んでいたらしい」
「それじゃあ、あのおばあさんはその時代の人ってことですか?」
「それは分からないが……少なくとも、今の人間は天亮山とは言わないな」
「今は何と呼ばれているんです?」
「あぁ、お前も知ってる名前だ。天竜山、聞いたことがあるだろ?」
「ドラゴンが多く生息している地、ですか……。なるほど、確かに発音も似ていますし、時代の変化で呼び名が変わったのもうなずけます」
「ドラゴンがたくさんいるんですか⁉」
「あぁ。昔から多く住んでいてな。興味があるなら、立ち入れるか確認してみよう」
「お願いします!」
私がガシリとエンさんの手を掴むと、エンさんは笑い、ネクターさんは慌てて私とエンさんの間に割りこんだ。
「エン、仕事は良いのですか?」
「あぁ、休みならたんまり残ってるしな。こうでもしなきゃ使わないだろ? せっかく旧友が尋ねてきたんだ。案内くらいはさせてくれ」
「僕は頼んでません」
「お嬢さんに頼まれたら断れないよな」
パチンとウィンクを送られて、私もコクコクとうなずく。
エンさんは恐らく、ネクターさんの秘密を知りたいのだろう。私も、エンさんと一緒に調べるって決めたのだ。ならばその口実と機会は逃しちゃいけない。
「……はぁ。分かりました。現地の人がいれば安心なのは確かです。ですが、エン。お嬢さまに何かしたら……」
「分かったって! まったく、油断も隙もないな」
「お嬢さまの付き人として当然のことを言ったまでです」
ネクターさんの鋭い視線にエンさんは頭をかく。
ネクターさん、そんなに私のことを思ってくださっているのか……。
私もなんとなく気恥ずかしくなって、エンさんと一緒に頭をかいた。
「さ、立ち話もなんだし施設館で行きたいところがあれば案内しよう。シュテープだと、卓球よりビリヤードか?」
「そうですね。お嬢さまのお召し物も動きやすいとは言えないでしょうし」
卓球もやりたい、と飛びつこうとした矢先、ネクターさんに目で制されて「うぐ」と言葉につまる。
確かに、今私が着ているのは受付で貸し出された浴衣で激しい運動には向いていない。
「ああ、そう言えばそうだな。お嬢さん、良く似合ってるな。違和感がなくて、すっかり忘れてたくらいだ」
「えへへ、ありがとうございます! エンさんはさすが着こなしてるというか……。ネクターさんも、すっごく良く似合ってます!」
大人っぽい二人の浴衣姿を褒めれば、二人は再び対照的な反応を見せた。
エンさんは自信満々にふっと口角を上げ、ネクターさんは顔を赤らめてふいと顔をそむける。
この二人、本当に正反対だ。
「俺はあまり得意じゃないんだが……ま、たまにはビリヤードも悪くないか。行ってみるか?」
「はい!」
*
ビリヤード場は、隣にダーツとバーが並んでいるせいか、大人っぽい人が多くておしゃれな雰囲気になっていた。
レストランの豪華絢爛な雰囲気とは対照的に、シックな薄暗い空間だ。
歯車や機械仕掛けの装飾付きランプが青銅や金に鈍く輝いていて、なんだかアンダーグラウンドって感じ。
「……すごいです、なんていうか、ものすごくビリヤードがうまくなりそうです!」
「なんだそれ」
「なんですかそれは」
二人して突っ込まれたけれど、ここでキューでもかっこよくかまえようもんなら、それこそミラクルショットが出そうな感じじゃないですか!
奥のビリヤード台に腰かけるお姉さんなんてもう、ほら! とってもおしゃれです!
力説するも残念ながら通じた気配はなく、苦笑するネクターさんとエンさんは黙々とビリヤードの準備を始めている。
くそう。ロマンのない男たちめ。
「ネクターとこうして何かをするのは、料理以外じゃ初めてだな」
「……まさか、こんな日が来るとは思いませんでしたよ」
にっと笑いあう二人を見て、昔は厨房でもそんな風に肩を並べていたのだろうか、と思う。
なんだかんだ、ネクターさんもエンさんとの再会は悪くないみたいだ。良かった。
「お嬢さまとビリヤードが出来る日がくるとも、思ってはみませんでしたが」
ネクターさんがこちらにキューを差し出して笑う。
「私もです! ネクターさん、負けません!」
「俺には手加減してくれよ。本当にうまくないんだ」
「だそうですよ、お嬢さま」
「何事も全力で、ですよ!」
私がむん、とキューを握りしめると、ネクターさんは笑みをかみ殺し、エンさんは困ったように肩をすくめる。
「それじゃあ、お嬢さまからどうぞ」
ネクターさんに言われて、早速私はキューをかまえる。
コツン、と軽い音をかけて白球が転がり――紅楼での初めての夜は更けていった。