135.賛美、エンさんの実力(2)
綺麗な折りヒダのついた皮、均整のとれた丸い白。その重心はたぷんとレンゲの底についている。皮の内側にたっぷりと入っている餡が透けて見えるようだ。
お箸でそっとレンゲからすくって……。
小籠包! いざ、尋常に! 勝負‼
……むちり。
皮を噛むと――じゅわぁっ! と熱が弾け、肉汁と脂が押し寄せた!
はふはふと口の中で冷まして、その熱々スープと一緒にお肉を噛みしめる。
今までの物よりも塩気をたっぷり含んだスープに、肉汁の旨味が溶け込んでこれだけでご飯が進む!
大味なのに繊細な甘みをまとったやわらかなお肉。噛むと、まるで魔法のようにふわっと口の中で溶けていく。もちもちの皮も最後はチュルンとかろやかに消えていった。
その余韻をたっぷりと味わって、一息。
「……ほわぁ……」
胸の奥から染み出る熱を、ほうっと大きく吐き出す。
「これは……おいしいです……!」
今までに食べたどの小籠包よりも格上。少なくとも、シュテープでは絶対に食べられない味だ。
ドラゴンのお肉。紅楼でしか手に入らない貴重なそのお肉の質の良さは、一口食べただけでわかる。
深いコク、凝縮された旨味、一切の余計なものを含まない透き通った脂。しっかりと塩味を吸って、より甘く引き立つ濃厚な大味。
「これぞまさに、ドラゴンのお肉です……!」
うっとりと目を細めると、ネクターさんとシャオさんがゴクンと唾を飲み込んだのが分かった。
「ドラゴンのお肉は味をつけすぎるとその良さが消えちゃうって、お母さまに昔教えてもらったことがあるんです。でも、この小籠包は、スープに溶け込んだ塩分と脂のバランス……お肉の甘さ、濃厚な旨味……小麦の皮のもっちりとした食感……。どれをとっても、本当に最高で……完璧すぎます……」
深々と頭を下げる。
「負けました」
小籠包さん、生まれてきてくれてありがとう!
「ぶはっ……なんだそれ」
小籠包にお辞儀する私の頭上から、耐えきれない、と笑い声が響く。
「エンさん⁉」
「シャオの反応がないから次の料理を持ってきたんだ。まさかお嬢さんに見惚れてるとは思わなかったが……なるほど、納得したよ」
エンさんはクツクツと笑いをかみ殺す。
シャオさんもようやくそこで我に返ったのか、自らの胸ポケットから小さな端末を取り出して「すみません!」と頭を下げた。
「お嬢さんと対決したつもりはなかったんだが」
「そ、それはその! 敬意を込めてと言いますか!」
「小籠包に負けて頭を下げてるやつなんて初めて見た」
クックッ、といまだに喉を鳴らして笑うエンさんは目元をぬぐうと
「ほら。魚の甘酢あんかけも食べてくれ、盛大に負けると良い」
と満足げにお皿を円卓の真ん中へドンと置く。
お魚が丸々一匹揚げられている。その真ん中にたっぷりとかかった色とりどりのあんかけ。お野菜がたっぷりと使われたその餡は、これまたキラキラと輝いていて美しい。
「しょ、小籠包だけじゃなくて! お魚までっ⁉」
クッ……眩しいっ!
私が目の前に手をかざして、その神々しさにひれ伏すと、エンさんはまたひぃひぃと笑い声をあげた。
「……お嬢さん! 分かったから、それ以上はっ……ククッ……やめてくれ……」
何かがツボに入ってしまったらしいエンさんを横目に、ネクターさんは黙々と小籠包を食べる。
よくそんなに黙って食べていられるな、と思うほどポーカーフェイスなネクターさんは、小籠包を食べきって、お箸をおいた。
「エン、メインの唐揚げも楽しみにしておりますよ」
唐揚げ「も」ということは、小籠包は気に入ったのだろうか。
ネクターさんの言葉に、エンさんもようやく落ち着いたのか、
「あぁ、任せておけ」
と嬉しそうに厨房へと戻っていった。
「それにしても、お嬢さまはやはり素晴らしい舌をお持ちですね」
「今までおいしいお料理を食べさせてきてもらったからですかね?」
……ん? そのおいしいお料理を作った張本人が目の前にいるじゃないか。
ハタと気づいて私がネクターさんを見つめると、彼は全く気付いていないのか不思議そうにこちらを見つめ返した。
「っていうか、こんなにおいしいお料理が作れるエンさんに、コンテストで勝ったんですよね⁉ ネクターさんってやっぱりすごい人なんじゃないですか!」
「……過去のことですよ。さ、冷める前にこちらも食べましょう」
ネクターさんはサラリと流して、お皿に出来立てのお料理を盛っていく。
カラッと揚がったお魚は、身をほぐすとふわりと中から白い湯気があがった。同時に、あんかけの酸味がツンと鼻を刺激する。
ネクターさんの反応は気になる。けれど、それよりも目の前に差し出されたお料理の誘惑に負けてしまって、私の視線はだんだんとネクターさんからお魚へ。
「食べないのですか?」
「た、食べます……」
くそぅ。良いようにネクターさんにあしらわれている気がする。
そうは思いつつも、お魚の甘酢あんかけにお箸をすすめれば、やっぱりその味に魅了されてしまって、私は再びお料理の世界に引きずり込まれた。
お魚の甘酢あんかけは、酸味と少しの辛味が淡泊なお魚と良くマッチしていて、これまた絶品だ。
エンさんのお料理は華やかな見た目とは裏腹にとても繊細で優しい味がする。
紅楼のお料理ってもっとガツンと味が濃くて、辛さがあって、ってイメージだったけど、こんなにも作る人で味が変わるんだ……!
「そろそろですね」
お魚の甘酢あんかけを食べ終えたネクターさんが顔を上げた。
「何がですか?」
「お嬢さまお待ちかねの、メインディッシュですよ」
ネクターさんの言葉と同時、たっぷりの唐揚げがのったお皿。
その大皿をのせた台車を押すシャオさんがこちらへ歩いてきた。
その香ばしい匂いはあっという間に店内いっぱいに広がって、みんなの視線が自然とお皿に吸い込まれていく。
かくいう私も、その匂いのもとから目が離せない。
「ドラゴンの唐揚げ……!」
私の口からこぼれ落ちた声はいつもより上擦ったものになってしまう。
けれど、それも仕方がないほど、唐揚げは輝いていた。