134.賛美、エンさんの実力(1)
おすすめしてもらったジュース、北海は、シャオさんの言う通りすっきりと甘くて飲みやすかった。
「サイダーが混ざってるから、オレンだけのジュースよりも渋みが無くて、私はこっちの方が好きかもです!」
「お口に合ったようで良かったです」
私の感想にシャオさんがにっこりとはにかむ。
その笑顔はなんともかわいらしいもので、なんとなくエイルさんを思い出した。エイルさんが大型犬なら、シャオさんは小型犬って感じだ。
「タマゴスープもおいしそう……」
スープの入ったお椀を持ち上げると、じんわりと手先があったまる。
漂う香りは出汁と少しの甘さを含んだ上品さがある。それでも、しっかりと食欲がそそられるのだから、なんとも罪深いスープだ。
一口。
そっとレンゲですくって口へ運ぶと、ほわっとタマゴの優しい甘みがいっぱいに広がった。
「……おいしいっ……!」
薄い絹のようにスープを漂っていたタマゴは、その薄さゆえかなめらかにスープと溶けあって、口の中に残ることもない。鶏ガラの出汁も、その味一辺倒ではなくて、しっかりと深みがある。
「ほんのり甘いのに、ちゃんと塩気もあって……でも、塩気が全然キツくないですね! むしろ甘みを引き立てるような優しい繊細な味で……すごく深みもあるし……」
これぞ、飲む黄金。
時代が時代なら、これで一国を築けるよ、エンさん!
あなたがタマゴの国の帝王です! エッグキング、略してエンなのですね⁉
「エンに伝えてまいります。すぐに次のお料理もお持ちしますので、それまではぜひ、お野菜や前菜をお楽しみください」
シャオさんは嬉しそうに一礼すると、厨房の方へと歩いていく。
スープだけでこんなに満足できるのに、接客まで一流でさらにご飯がおいしく感じる。
さすがは紅楼でも有名な宿屋のレストラン。
シャオさんが戻ってくるまで、バイキングから取ってきたお料理を食べ進める。
蒸した波山と冷やしたジュレをからめた前菜は初めて見るけど、とっても綺麗!
「ん~! お野菜もシャキシャキでおいしいし、このの冷菜もおいしいです! 波山って蒸してもムチムチでおいしいですね!」
「彩りも良いですね。この冷菜はジュレと合わせていますが、熱すると紅色になるあたり、野菜の緑と合わせても華やかになりますし」
「紅楼って、一皿一皿がすごく綺麗ですよねぇ」
「そうですね。シュテープでは、一皿の彩りより何品も並べた時の見栄えを気にしますし……この辺りも文化の違いなのでしょう」
ネクターさんは何かをサラサラとメモに書き留めて、食事を再開。
うん、やっぱりネクターさん、料理人には戻らないなんて言っていたけれど、お料理が嫌いなわけじゃないみたい。無意識の行動が料理人のそれだもん。
「お待たせしました」
他のお料理も食べ進めているうち、私とネクターさんの間にシャオさんが竹で編まれたカゴを置いた。
「焼麦と小籠包をお持ちいたしました」
シャオさんがそっとフタを持ち上げると、もくもくと湯気が立つ。
「ほわぁっ!」
中から現れたのは純白の焼麦。
さらに一段下のカゴには、ツヤツヤと輝く小籠包が!
「お熱いのでお気をつけて」
取り皿を二人分並べて、シャオさんがにこりと微笑む。
取り皿を受け取ったネクターさんが
「……お嬢さま、二つでよろしいですか?」
こちらを見て苦笑しているが、そんなに私の目が飢えていたのだろうか。
恥ずかしくなって慌てて「大丈夫です!」と姿勢を正す。確かに前のめりになっていたかもしれない。
「こちらをお使いください」
シャオさんはネクターさんにとりわけるための菜箸とレンゲを渡すと、任務完了と言わんばかりにすっと身を引いた。
ネクターさんから二つの焼麦がのったお皿を受け取る。
私のお箸は、そのまま自然と焼麦へ伸びた。
一口サイズの真っ白な円柱は、蒸されていたためか水滴が表面についていて、キラキラと輝いて見える。
「……いきます!」
ぱくり。
嚙みしめると、もちっとした皮の内側からふわりと甘みのある出汁が染み出した。
「ん! これ……カニですね⁉」
その甘さ、淡泊ながらしっかりとした風味。カニ独特の優しくて繊細な塩気。
まさかカニが入っているとは思わず、驚きのあまり目を見開いてしまう。
「そちらは、紅玉蟹と呼ばれるカニを使用しております」
「紅玉蟹?」
「甲羅が紅玉で覆われているので、紅玉蟹と呼ばれています。紅楼の活火山に棲息する魔物なんです」
「え⁉ すごい! かっこいいです‼」
「僕も聞いたことがあるだけで、食べるのは初めてですね。なるほど……シャオさん、すみませんが、エンに後ほどこのレシピをいただけるか聞いていただいてもよろしいですか?」
「かしこまりました。ただ、うちのレシピは門外不出なことが多くて……お役に立てなかったらすみません」
「いえ、料理人にとってレシピは財産ですから、それも承知の上です」
「これ、本当においしいですもんね! 塩気がきついわけじゃないのに、しっかり味がついてて……」
なんでだろう、と不思議に首をかしげたところで、二つ目を食べ終えたネクターさんがお箸をおいた。
「カニ本来の味がしっかりしているのでしょう。見た感じ材料も多くはなさそうですし、シンプルだからこそより味が引き立つのかもしれません」
確かに、皮の中に入っている餡からはカニしか感じられなかった。もちろん、下味として色々つけてはいるだろうけれど、カニの身を小麦粉の皮で包んで蒸しただけって感じ。
それがこんなにジューシーでおいしくなるなんて……エンさんってやっぱりすごい人なんだ……!
「小籠包も楽しみです!」
「お嬢さまの好きなドラゴン肉ですからね」
「はいっ!」
小籠包はその名の通り、ドラゴンのお肉が使われているのだ。
ネクターさん! 私、楽しみすぎて、フライングよだれが出ます‼
いよいよいくぞ、と小籠包が一つのせられたレンゲを持ち上げる。
ツヤリ。妖艶な光を放つその魅惑の白に、私の目は釘付けになった。




