133.これぞ、バイキングマジック!
「このお店のシステムは、エンから聞きましたか?」
「いえ! まだです!」
「それでは、ご説明させていただきますね」
シャオさんがメニューを取り出す。お昼ご飯を食べた時と同じく、大きな歯車がメニューの表紙に取り付けられていた。
「二時間の食べ放題になります。おひとりさま四百リィンですが、代金は宿泊代と一緒にチェックアウト時にお支払いいただきます。お飲み物はそちらのメニューからお選びください」
「食べ放題で、エンの料理をいただけるというのは?」
ネクターさんの疑問に、私も「確かに」と首を縦に振る。
「その点に関しては、食べ放題と同じお値段でかまいません。元々、バイキングに並んでいるお料理の中からご注文いただいたものを、エンが調理し、こちらにお持ちいたします」
「良いんですか⁉」
「かまいません。エンからのおもてなしですから」
ここでも『おもてなし』だ。
紅楼の人たちは、こうやって誰かを歓迎することが好きなのだろう。
「もちろん、バイキングに並んでいるものも自由に取っていただけます。あまりご注文いただけないと、エンが拗ねてしまうかもしれませんが」
クスクスとからかうように笑うシャオさんは、エンさんが拗ねている所を見たことがあるみたい。
ウェイターさんとキッチンのコックさん。仕事でもお話することがあるのだろう。ずいぶんと仲が良さそうだ。店員さんたちが仲良しのお店ってなんだか雰囲気が良い。
そもそもエンさんも、面倒見がいいお兄さんって感じだし!
「分かりました。では、まずはバイキングを見に行ってから、エンに何を頼むか決めても良いでしょうか?」
「かしこまりました。決まりましたらお声かけください。ここでお待ちしておりますので」
シャオさんはペコリとお辞儀して、一歩後ろへと下がる。
選任ウェイターをエンさんから言いつけられていたから、本当に私たち専属なんだろう。
「先に飲み物だけ注文しておきましょうか。お嬢さま、何か飲みたいものはございますか?」
「えぇっと……そうだ! 紅楼でおすすめのジュースってありますか?」
「それでしたら、北海というものがございますよ」
私の質問にシャオさんがすっとメニューを開いて見せてくださった。
シャオさん、出来る!
「北海?」
「えぇ。北の海のように冷たい、という意味のジュースです。サイダーとオレンを混ぜた飲み物で、すっきりと口当たりがよく、どの食事にも合うんですよ」
「良いですね! 私はそれにします!」
「僕も同じものをお願いします。それでは、お嬢さま、お料理を見に行ってみましょうか」
私たちの注文を受けて、シャオさんが再びお辞儀する。
ジュースを厨房へと取りに行ってくださったシャオさんが戻ってくるまでは、ゆっくりバイキングのお料理を見よう。
中央のテーブルに並べられたたくさんのお野菜や果物、スープ、冷菜の数々はどれもやっぱり色鮮やかだ。
お肉やお魚、麺類などの調理が必要なものは、テーブルの隣にあるオープンキッチンで調理してくれるみたい。
「なるほど……」
ネクターさんは「ふむ」と口元に手を当ててうなずく。
「お嬢さま、ドラゴンの唐揚げ以外に食べたいものはございますか?」
「えっと、サラダと果物、それからスープはこのタマゴのやつにしようかなって思ってて……後は、悩ましいです! お魚の甘酢あんかけもおいしそうだし、あ、レバニラ炒めも!」
「良いですね。では、タマゴスープと白身魚の甘酢あんかけは、エンに頼みましょう。僕は、小籠包と焼麦をいただくことにします」
「それも少しください!」
「えぇ、半分ずつにしましょうか」
ネクターさんからの半分この提案にのっかったところで、テーブルにシャオさんが戻ってきた。
どうやらネクターさんもそれに気づいたのか、パッとこちらにお皿を手渡すと
「僕は先に注文を頼んできますから、お嬢さまは料理を取っていてください」
ニコリ、微笑んでテーブルへと戻っていく。
ネクターさんがエンさんに頼もうと決めたお料理のチョイスは、私にはよくわからない。
お魚の甘酢あんかけはともかく、どうしてタマゴスープ? レバニラ炒めは、バイキングから取ってもいいんだよね?
よくわからないけれど、ネクターさんとエンさんのタッグなら最強間違いなし、だ!
私はエンさんに頼まないお料理をひょいひょいとお皿にのせていく。
お野菜はベ・ゲタルから輸入しているはずだけれど、新鮮なままだ。フルーツも甘い香りが漂っていておいしそう!
取り過ぎないように気を付けながら、次から次へとお料理を移動していたら――
「お嬢さま、食べきれますか?」
後ろから咎めるような声がかかった。
「ネクターさん!」
気づいたらこんもりと盛られているお料理の数々。
少しずつ取っていたはずなんだけど……ううん、これぞ、バイキングマジック!
「はぁ……。そんなことだろうと思いました。食べきれなくなったら、僕に分けてください」
ネクターさんのお皿には綺麗に、控えめにお料理が盛られていた。
負けました。女子力、完敗です‼
私は「ありがとうございます」とそこでお料理に盛るのを止めた。この後、エンさんが用意してくださったお料理だって出てくるのだ。
席に戻ると、すでにテーブルがセッティングされている。
しかも、エンさんがちょうどタマゴスープを持ってきてくださったところで、コック服に着替えた彼は、これまたお客さんたちの目を引くかっこいい姿だった。
「わざわざエンさんが運んでは、僕がここにいる意味がなくなるじゃないですか」
「最初だけは挨拶しておこうと思ってな。次からは頼むよ、焼麦と小籠包ももうすぐ出来る」
エンさんはシャオさんに「悪いな」と笑みを向け、私とネクターさんの前にタマゴスープを配膳した。
見た目は普通だけど、薄いタマゴがふわふわとスープに浮かぶ様は、まるで雲海を見下ろしているみたい。
「お嬢さんは本当に料理人を喜ばせるのが上手だな」
エンさんは、こんもりとお料理が盛られた私のお皿を見て目元を細めた。
「ゆっくり楽しんでくれ。紅楼もシュテープに負けない美食の国だからな」
エンさんはひらりと手を振って厨房へ戻っていく。
私たちはそんな彼の姿を見送って、早速、紅楼のジュースで乾杯した。




