132.光旺酒家で晩ご飯
ネクターさんと一緒に、お部屋に仕掛けられたたくさんの謎を解いているうち、紅楼にも夜が訪れた。
ちなみに、お茶菓子が入っている箱の仕掛けが難しすぎて開かなかった時には、エンさんを呼びだそうとネクターさんがすごい剣幕で大変だった。
なんとかそれも一時間ほど格闘したことで無事に開いて、私たちはおいしいお饅頭を一つずつ食べることが出来たのだけれど。
さて、晩ご飯はどうしようか。
二人でそんな話をしていると、
「部屋の仕掛けは楽しめたか?」
まるではかったかのようなタイミングでエンさんが部屋を訪れた。
「お茶菓子の箱が開かなくて大変だったんです‼」
「ん? 茶菓子の箱は普通の箱だったろう? もしかして、秘密箱に入ってたのか?」
「秘密箱?」
「手順通りにいくつか操作しないと開かない箱だよ。普通は何も入ってなくて……お客さまに楽しんでもらうために置いてるんだが」
「え⁉ じゃあ、あの箱に入ってたのって……」
「もしかしたら、茶菓子じゃなくて、特別なプレゼントかもな。箱を開けた時に空じゃ寂しいってオーナーが思ったのかもしれない」
苦笑するエンさんに、私とネクターさんは顔を合わせてため息をつく。
どうやら、お茶菓子は別の箱にちゃんと入っていたようだ。危うく変なクレームを入れてしまうところだった。
「ま、楽しめたようで何よりだ。それより、晩ご飯をどうするか聞きに来たんだ」
「そうだ! ちょうどその話をしてたんです! エンさん、ドラゴンの唐揚げが食べたいです‼」
本来の目的を思い出して勢いよく答えると、同時に体もずいっと前へ出てしまった、
エンさんは突然私に迫られて驚いたのか、一歩後退。
「分かったから、落ち着いて。お嬢さん、ドラゴンの唐揚げで良いのか?」
「はい! 紅楼で前に食べてから、ずぅっと食べたかったんです!」
「なるほどな。それなら、うちのレストランでも出せるぞ? 一階にレストランがついてるんだが、特別に俺が作ってやるよ」
「えっ⁉」
「確か、小型種のドラゴンなら良い肉が入ってきてたはずだし……」
「良いんですか⁉ エンさん、もうてっきりお仕事が終わったのかと」
「いいさ。その分、明日たっぷり休みを取るよ。で、ネクター、お前はどうする?」
「……そうですね、それではお言葉に甘えて」
ネクターさんはなんとも言えない顔をしていたけれど、最終的にはその厚意を無下にできない、と踏んだのだろう。
もちろんエンさんがそんな彼の複雑な表情を見逃すはずがない。
「もっと素直に喜んでほしいね、そりゃお前からしたら俺の料理はイマイチかもしれないが。これでも成長したんだ」
「いえ、そういう訳では……エンの料理は、久しぶり、ですし」
言葉を詰まらせながら、ネクターさんはふいっと視線を逸らす。
「……ただ、仕事終わりに申し訳ないと思っただけですよ。エンの料理が悪いと思ったことは一度もありませんから」
嘘が下手っぴだ。そう思ったけれど、私もエンさんも、それ以上は踏み込むのをやめた。
「お前にそう言ってもらえて光栄だ。だが、あの頃よりもお前を満足させられる自信があるんだ。楽しみにしててくれよ」
エンさんはニッと笑ったかと思うと「行くか」と背を向けてしまった。
もしかしたらエンさんも、何か思うところがあるのかもしれない。
その背中が少しだけ寂しそうで、なんだか私の心がざわめく。
「……楽しみですね、ネクターさん!」
「えぇ。お嬢さまはお肉が好きでしたし、エンの料理ならきっとご満足されると思います」
ネクターさんはどこか安堵したようにうなずいた。
*
エレベーターを降りて、エンさんに案内されるがまま宿屋のレストランへと向かう。
お昼に通った受付のところを右へ曲がると『施設館』と入り口に書かれた建屋があった。
「この建屋は宿泊客ならだれでも自由に使える共有施設が集まってるんだ。覚えておくといい。レストランだけじゃなくて、温泉、プール、遊戯場、シアタールーム、図書館なんかもあるぞ」
「すごい! 豪華ですね!」
さすがは紅楼有数の宿!
「後で温泉にでも行こうと思っていたので助かりました。エン、中庭にはどうやって?」
「中庭はさっき通ってきた本館ノ壱から行ける。飯の後に案内してやるよ」
「ありがとうございます」
六角形がいくつも連なった複雑な構造だから、中々すぐには場所も覚えられない。
迷子にだけならないようにしないと! 後で、シュテープで買った魔法のメガネに、ここの地図がダウンロードできるかやってみよう。
「で、ここがレストラン。光旺酒家だ」
「宿屋のレストランなのに立派ですね! こんなに広いなんて!」
入り口はともかくとして、中は思っていた以上に広い。たくさんの円卓が所せましと並べられていて、多くの人で賑わっている。
「結婚式の宴会場なんかにもなるしな。一フロア丸ごと使ってるからだろう。ちなみに、宿泊客なら朝昼は一食二百リィン、夜は四百リィンで食べ放題だ」
「えっと、リィンって……シュテープの金額だとどれくらいですか?」
「たしか……今だと、千エルから二千エル程度だったかと」
「え⁉ 安くないですか⁉ 食べ放題ですよね⁉」
「はは、まあ宿泊してもらってるお客さまだからな。宿泊しない場合はその二倍だ。さ、お嬢さん、こちらへどうぞ」
食事の時に無粋な話はなし。エンさんは口元に人差し指を当てて、ウィンクを一つ。
流れるように空いている席へと案内されて、私とネクターさんはそれぞれ円卓に向い合せで座る。
「いらっしゃいま……って副料理長⁉」
「シーッ。こちらは俺の友人だ。今日は特別にこの席には俺の料理を出してくれ。俺は厨房に戻る、お前が選任ウェイターな」
「うぇっ⁉ え、えと、頑張ります! 光旺酒家の接客をしております、シャオです! よろしくお願いします!」
ペコリとお辞儀した青年は、エンさんを見て緊張気味に笑う。
「エンさんのお料理、とってもおいしいので楽しみにしていてくださいね!」
二人のやり取りだけでも、エンさんがここでどれだけ慕われているのかが分かる。
ネクターさんはそんな二人をどこかまぶしそうに見つめていた。
今回はお金の単位が出てきたので、ちょっとだけ解説です。
「リィン」は紅楼のお金の単位、「エル」はシュテープのお金の単位で大体日本円と同じくらいです。
つまり、光旺酒家の食べ放題は、朝昼は千円程度、夜は二千円程度ということになります*