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130.秘密の鍵を解除せよ⁉

 三人で宿泊棟のエレベーターに乗り込んでお部屋へと向かう。

「そういえば、エンさん! お仕事は大丈夫なんですか?」

 今更だけど。


 私が彼を窺うと、エンさんは「これももてなしだ」と笑う。

 勤務先に戻ってきたというのに、のんびりと私たちに付き合ってくださっているエンさんは大人の余裕たっぷりって感じだ。


「ま、部屋まで案内したら戻るよ。ここの宿は鍵が特殊でな、多分二人じゃ開けられないだろうから」

「確かに、この鍵は珍しいですね。僕も見たことがありません」


 ネクターさんは渡された鍵をしげしげと見つめる。鍵というより木札だ。木札の下半分に不規則な凸凹(でこぼこ)がついている。

 赤と金の装飾も、よくよく見ればなんとなく変わった形をしているような?


絡繰錠(カラクリジョウ)って、伝統的な紅楼(クロウ)の鍵だ。この国の人間はこういう仕掛けが好きでな。部屋にも色々あるはずだから、色々と試してみるといい」

「へぇ! 楽しみです!」


「今日はお嬢さまも移動でお疲れでしょうから、晩ご飯まで部屋の中でゆっくりしましょうか」

「はいっ!」


 エレベーターについたベルが、リン、と到着を知らせる。

 ちなみにこのエレベーターも木製の手動式で、シュテープでは考えられないくらいゆっくりとガタガタ音をたてながら動いていた。


 お部屋は六階。

 ちなみに、最上階が七階でスイートルームらしい。つまり、六階はセミスイート。予約無しにしてはかなり良いお部屋だ。


 エンさんが社割を使ってくれたけど……お金、大丈夫かな? お母さまたち、ごめんなさい! 必ず働いて返します! フラン・テオブロマ、テオブロマの名に恥じぬ商人として立派に働きます‼


「着いたぞ」

 何してるんだ? とエレベーターの前で拳を握りしめている私を不思議そうにエンさんが見つめている。


 エレベーターを降りて目の前の扉が私たちのお部屋らしい。

 というか、そもそもこのフロアには四つしかお部屋がない。エレベーターにはそれぞれ東西南北に扉が一つずつつけられているから、この階の人はみんな自分のお部屋の前の扉を選んで手動で開けるみたいだ。


 今回エンさんが開けてくれたのは南側の扉。

 私たちのお部屋は、六階の『南の間』ということになる。


「鍵の開け方を説明する前に、二人でやってみるか?」

 スライド式の扉にもたれかかって、エンさんがコツコツと壁をノックした。

 壁にはいかにも木札を差してくださいと言わんばかりの木枠がついている。


「そんなに難しいんですか?」

 ネクターさんは木札と木枠を見比べて、キョトンと首をかしげた。


「やってみりゃ分かるさ」

 エンさんはどこか楽しげだ。にんまりと口角を上げて、木札を差しこむネクターさんを見つめている。


 カシャン。

 ネクターさんが木枠に木札を差しこんだ瞬間、何かが音をたてた。


「開いた、んですかね?」

 私はスライド式の扉に手をかける。右へ引いても、左へ引いても、ドアはカタカタと軋むだけで、それ以上は進まない。


「あれ?」

「お嬢さま、ここに何か鍵穴が……」


 ネクターさんの影になって見えなかったけれど、どうやら木枠の下から鍵穴らしきものがついたプレートが新たに出て来たらしい。


「さっきはなかったのに!」

「この札を差し込んだことで、内側から押されて飛び出してきたようです」

 その構造が気になるのか、しげしげと眺めるネクターさん。


「……ですが、この先がわかりませんね。この鍵穴に合う鍵が……」

「ネクターさん! その、札についてる赤と金の棒、使えませんか?」

 ほら、と札についた装飾……もとい、不思議な形の棒を私は指さす。ネクターさんとバトンタッチだ。


 金色の棒を手に取って差し込んでみる。

「……あれ?」

 はまらない。というか、なんだか奥にぶつかってる?


「赤色はどうですか?」

「あ! はまりました! でも、どっちに回すんだろう……?」

 試しにくるりと右へ一回転。変化はない。左へ一回転。やっぱり変化なし。


「……な、何これ!」

 鍵一つ開けるのにこんなに大変なの⁉

 ネクターさんとバトンタッチして色々と試してみたけれど、やっぱり開かない。


「さあ、ネクター。降参と言えば教えてやるぞ?」

 いつの間にやら楽しくなっていたらしいエンさんが、にたりと意地悪な笑みを浮かべた。


「エン。仮にも僕らは客ですよ。あなたはここの従業員で……」

「エンさん! 降参です‼ 教えてください!」

「お嬢さま⁉」


「ぶっ! お嬢さん、潔いな。わかった、お嬢さんにだけ特別に教えてやる」

「エン!」

「ネクターさんには内緒でお願いします!」


 ネクターさんのじとりとした視線が痛い。でも、降参してないネクターさんには内緒だ。

 エンさんが、ひょいひょいと私を手招きする。近づけば、耳元でエンさんが解除方法を教えてくださった。


「途中までは正解だ。惜しかったな」

「あの鍵の開け方がわかりません」


「はは、教えてやるからそう急かすなって。まずは赤の鍵を右に九十度回す。そうしたら、さらに奥まで鍵がさせるようになる。次に、赤の鍵を抜いて金の鍵をさしこむ。さらに右に九十度回せば……あっという間に開錠だ」


 なんて複雑な!

 そのために二つも鍵がついているなんて。


「了解です!」

 手順を忘れないように心の中で復唱して、私はぴしっと敬礼を一つ。再び鍵の前に立つ。


「ネクターさんは目をつぶっていてください!」

「……わかりました」


 ネクターさんはふてくされているかと思っていたけれど、なんだかちょっとだけ楽しそうだ。

 もしかしたらまだ、自力で鍵を開けることをあきらめてないのかもしれない。


 ネクターさんが見ていないのを確認して、私はエンさんに言われた通り、赤い鍵をさしこんで九十度右へ。試しに鍵を奥へとさしこんでみれば、確かにもっと奥に入りそうな感じがした。今までは壁にぶつかってるって感じだったのに!


 それから金色の鍵へさしかえて、さらに九十度右に回す――ピピッ。

 聞いたことのない電子音が響いたと思うと、カチャン、と鍵の開いた音がした。

 ネクターさんもその音に反応して閉じていた目を開く。


 私が試しにドアをスライドしてみると……

「あ、開いたぁっ!」

 ガラガラと扉が開いて、きらびやかな室内が顔をのぞかせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかの二重ロックッ! 確かにこの鍵を初見で開けられる人は、早々いなさそうですな。遊び心と防犯が一緒になったかのような文化、みたく感じます _( _*´ ꒳ `*)_ しかしフランちゃん…
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