126.魚水酒家で腹ごしらえ!(2)
「ほぉぁぁああ! これはっ……すごいです……! どれもおいしそう~~~~‼」
運ばれてきたお料理三品。
私がその光景に声を上げると、エンさんは嬉しそうにうなずく。
「いやあ、いい反応だな」
「そうでしょう? お嬢さまと一緒にお料理をいただくと、さらに驚きますよ」
さすがのネクターさんも、運ばれてきたお料理の鮮やかさとボリュームに上機嫌だ。私を引き合いに出してはいるけれど、早く食べたい、とネクターさんの表情も語っている気がする。
私たちが選んだ三品は、海鮮炒めと熱波山と呼ばれる鶏肉の料理、それにエンさんおすすめのアカハタの清蒸。
それぞれから全く異なる良い香りが漂っている。
なんだかこの香りだけで、五感全部が刺激されている気分!
「見た目も本当に綺麗ですねっ! ボリュームもいっぱいだし‼」
「気に入ってもらえてよかったよ。まずは乾杯しよう。紅楼じゃ、食前の挨拶代わりが乾杯なんだ」
エンさんは手元のお椀を持ち上げる。
グラスではなく陶器制の茶器だ。取っ手がなくて、私には少し扱いづらい。中に入ったお茶をこぼさないように、私もそっと持ち上げた。
ふわっとお茶から甘い香りが漂う。
「乾杯するときの挨拶ってあるんですか?」
「そうだな。色々あるが……今回は、紐帯的祝福かな」
聞きなれない言葉に、私とネクターさんは首をかしげる。
「ニュウダイ?」
「紐帯、的、祝福だ」
「どういう意味ですか?」
「祝福の絆を。家族や友人との再会を喜ぶって意味だ」
「へぇ……良い言葉です! ニゥダィデジュウフウ!」
「完璧だな」
エンさんに褒められて私がにへらっと笑みをこぼすと、ネクターさんももう覚えたという風にうなずいた。
「それじゃ……」
茶器を掲げる。
「「紐帯的祝福!」」
自然と三人の声は重なり、陶器の白が店内の提灯から漏れるやわらかな光に照らされて輝く。
そのままお茶を口に運ぶと、ベ・ゲタルのお茶とはまた一味違う、甘くてすっきりとした味が口いっぱいに広がった。
「おいしいっ!」
「紅楼は茶葉だけはよく育つからな。時間があるなら、滞在中に茶畑も案内しよう」
「お願いします!」
エンさんの面倒見がいいのか、それとも、これも紅楼のおもてなしとやらなのか。そこは分からないけれど、ありがたくお言葉に甘える。
お父さまも、エンテイおじいちゃんに紅茶を仕入れていたはずだ。有名なのだろう。
しみじみとお茶を味わっているうちに、エンさんは大きなお皿からお料理を自分のお皿へと取り分けている。ネクターさんもまた、私の分を取り分けてくださっていた。
料理人二人はお料理のこととなるとやはり行動が早い。私はその手際の良さにただただ感心させられるばかりだ。
「まずはお嬢さま、海鮮炒めからお召し上がりください」
「はいっ!」
ネクターさんに取り分けてもらったお料理に早速お箸をつける。
海鮮炒めに使われているのはホタテとイカ。この港で水揚げされたばかりのものだそう。
そこにお野菜の緑や黄色、香辛料とソースの赤みが加わって見た目も華やかだ。
油をたっぷり使って炒めているのか、キラキラと表面に光沢がある。
すんっ。鼻をすすると、磯の香りとスパイスの香り。食欲をそそる香ばしいソースの匂いが口内を刺激して、よだれが出ちゃう!
紅楼といえばお肉! そんなイメージだったけど、これは、即時撤回です!
「いきますっ!」
私は大きく、あーん。
まずはイカとお野菜をたっぷりお箸でつかんで一口で、ぱくり!
「んっ!」
ぶわっと濃厚なソースの味が口いっぱいに広がって、一口目から大満足!
イカのもきゅもきゅとした食感と、噛めば噛むほどあふれる塩味。それをまろやかにするのがお野菜の青臭さで、お野菜から出る少しのえぐみが味を嫌味なく引き締める。
「んん~~~~……!」
しっかりとイカを噛みしめているのに、頬がだらしなく緩んでいきそうになる。
「これは、おいしい、です……!」
ゴクンッ。
飲み込んでほぉっと息を吐けば、ネクターさんとエンさんの二人とばっちり目が合った。
多分、みんなの顔がよく見えるようにって意味で紅楼の食卓は円卓なんだろうけど……これはちょっと恥ずかしい。
「……エン、料理人にとって、これほど素晴らしい客人も珍しいでしょう?」
「あ、あぁ……。いや、これは参ったな……」
なぜか勝ち誇ったようなネクターさんと、呆けたように目をぱちぱちとしばたたかせているエンさん。
そのやり取りは私には意味が分からなかったけれど、二人にはそれで十分だったらしい。
「え、と……食べても、良いですか?」
「もちろんです。どうぞ。我々はお嬢さまの食事姿を見守っておりますから」
いや! 見守らないでほしいんですけど! 恥ずかしいのでやめてください!
二人は本気で見守るつもりらしく、一向に手を動かそうとしない。せっかくのお料理が冷めちゃいますよ⁉
仕方がないので、私は二人を放っておいて二口目へ。私のお料理まで冷めちゃもったいないもんね。
今度はホタテとお野菜、それから輪切りにされたトウガラシも一緒に食べてみる。
口へ含んだ瞬間、やわらかなホタテがほろほろと口の中で溶けていき、代わりにトウガラシの辛さがぶわっとはじけた。先ほどとはまた少し雰囲気が変わって面白い!
「んんっ! ホタテも最高です! 肉厚だから、やわらかくてジューシーだし! ちょっと甘みもあって、これがまたトウガラシの辛さと合うっ! お野菜も油がしみてて、味がいつもより濃厚に感じますし……! ご飯が! ご飯が欲しいです‼」
私のリクエストにネクターさんがささっとお椀にお米をよそってくださった。
元々、ご飯は自分たちで好きな量を入れて食べる、というのが紅楼の習慣らしい。テーブルの一角に置かれたおひつは三人前よりも多いくらいの量だ。
「ありがとうございます!」
ネクターさんから受け取ったお碗は、つやつやの白米で輝いている。ほくほくと上がる湯気から、炊き立てのお米の良い香り!
私はそれを遠慮なく口へほうり込み、またしても「んん~!」と喜びの声を漏らした。




