124.心躍るその光景に
「それにしても、本当ににぎやかですね」
しばらく商店街を歩いていたネクターさんが口を開く。
「人も多いですし、お店もこんなに並んでいるとは」
黒い瓦屋根に赤い柱、白い壁に金の装飾。二階、三階建てのどっしりとした構え。漆喰と木材を組み合わせた建築。これらはシュテープでは絶対に見られない形式だ。
それらが私たちの左右にずぅっとまっすぐ続いている。
「なんだか異世界に迷い込んだ気分です!」
「本当に。こうも雰囲気が違うと、不思議と気持ちが高揚しますね」
「看板が入り口におっきく書かれてるのもシュテープとかベ・ゲタルと違って分かりやすいし! 入り口も扉がないから開放感があって……見てるだけでもすっごく楽しいです!」
「そうですね。特にこの建築や景色……頭上にいくつも橋があるというのも面白いですし。二階を渡り廊下で繋いで建物同士が複雑に絡み合っているという構造は中々……」
ネクターさんも興奮気味なのかいつもより饒舌だ。
それもそのはず。紅楼のお店は入り口からダイレクトにお料理の香りが届く……だけじゃない。たくさんの機械部品があちらこちらで動いていて、ついついお店の方へ目がつられてしまうのだ。
「シュテープではシステム化が進み、電子デバイスが多く活用されてきましたが、紅楼はベ・ゲタル同様、地形の関係もあってハードウェアが進化したと聞いています。特に紅楼では様々な珍しい機構があって……ほら、お嬢さま! あそこを見てください、機械式回転型看板が……」
まるで魔法のカードを初めて見た時みたいに、キラキラと目を輝かせて早口になるネクターさん。
最近はこういう姿も見られていなかったから嬉しいけれど。できれば、もう少しゆっくり喋ってほしい。
「機械、回転……?」
「機械式回転型看板です。シュテープではまず見られませんよ!」
赤い柱に取り付けられた看板が、くるり、くるりと回る様子を楽し気に見つめるネクターさん。正確には、看板の後ろに隠れている部品を見ているみたい。
金色と黒色に塗装された部品が組み合わさって動く様子は、確かにお店の装飾としても面白いし、ずっと見ていられる気がする。
「いやぁ! 素晴らしいですね、まさかお目にかかれるとは! それにほら、あちらのお店は機械式電算機が!」
「ね、ネクターさん、落ち着いて……」
「なんだ、二人とも。飯は良いのか?」
私の制止をかき消すように、後ろからすっかり耳に馴染んだ声が聞こえた。
ネクターさんもその声でようやく我に返ったのか、ハッとこちらを振り返って
「申し訳ありません! 僕としたことがつい……‼」
案の定というべきか、往来でも関係なく土下座をぶちかます。
「やめてください! 大通りですし!」
あわあわと私がネクターさんを止める。エンさんが「ほら」とネクターさんの首根っこをひょいと掴んで「やっぱり、何回見ても奇妙な光景だ」と苦い顔で呟いた。
「飯は決まったのか?」
「いえ! 景色がすごくて、つい見とれちゃって……」
「シュテープとも、ベ・ゲタルとも違うからな。特にこの通りは飯屋や茶屋が多いから、余計に賑やかだろう」
ネクターさんの首根っこを離して、エンさんは何事もなかったかのように歩き出す。
「特に決まらなかったなら、行きつけの店があるんだ。そこで良いか?」
私は良いですけど、とネクターさんの方を見れば
「エンの行きつけなら間違いないでしょう」
と彼もうなずいた。先ほどの失態を気にしているのか、少しだけ声に覇気がない。
「お嬢さん、紅楼は肉ってイメージがあるだろう」
「はい! 私、紅楼で初めて食べたドラゴンのお肉が忘れられなくて!」
「はは、あれは逸品だからな。ま、でも、この旅で、肉以外にも旨いもんがいっぱいあるってことを知ってもらえたら嬉しいよ」
「お肉以外にも、ですか?」
紅楼といえばお肉! と思っていた私には意外な言葉だ。キョトンと首をかしげれば、すっかり落ち着いたネクターさんが隣で補足を入れてくださる。
「この辺りは港町ですから、魚もおいしいんですよ。紅楼は、ベ・ゲタルとはまた違ったスパイスを使っていて、全体的に料理の味が濃いんです。それが、淡泊な白身魚にもよく合うんですよ」
「へぇ! お魚‼ 楽しみです!」
「ネクター、それは着いてからのお楽しみにするところだろう?」
「魚だけじゃないでしょう。楽しみにしてますよ、エン」
ふっと挑むような笑みを浮かべるネクターさんに、エンさんは「そういうところは変わらないな」と肩をすくめる。
「もうお前の挑発に乗って負ける俺じゃねぇぞ」
どうやら、男性陣二人にはやっぱり色々と過去があるらしい。コンテストでも競い合った仲みたいだし、同僚時代にもお互いに意識しあったライバルなのだろう。
エンさんと話す時だけは少し突き放したようなネクターさんの言い方も、心を許しているからこそなのかもしれない。
「なんだか、そういうのちょっとうらやましいです!」
「「ん?」」
「声までそろえちゃってぇ! 仲良しさんですね!」
男の熱い友情を勝手に感じ取った私がにやにやと口元を押さえると、二人は顔を見合わせて不思議そうに顔をひねった。
「エンと仲良くしようと思ったことなどありませんよ」
「それはさすがに傷つくな」
本気なのか冗談なのか分からないテンションでネクターさんが顔をしかめれば、エンさんがツッコむ。うん、やっぱり仲良しさんだ。
「仲良くなきゃ、久しぶりに会ってこんな風に一緒に観光しませんよ!」
「……それは、そうかもしれませんが」
エンさんへの援護射撃をすれば、ネクターさんはぷいと顔をそむけた。あ、照れてる?
「ま、俺たちもずいぶん連絡を取ってなかったからな。二年ぶりか?」
「……そう、ですね」
顔をそむけたままだったから、ネクターさんがどんな表情をしていたのかは見えなかった。ただ、声のトーンがさっきよりもさらに一つ落ちたような気がして、私とエンさんは視線で合図を送る。
――やっぱり何かある。
二人でそれを探ろう。ネクターさんが一人で全てを抱えこんでしまわないように。
友達ってそういうもんだろう。
私とエンさんはこくり、とうなずいてその気持ちを確かめ合った。




