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120/305

120.語られるのは彼の過去

 紅楼国(クロウコク)へと向かって出発した船は、シュテープからベ・ゲタルへと向かった時よりも少し小さかった。

 船内施設も多くはなく、一泊二日の船旅の間の楽しみは食事がメイン。

 もちろん、私にはそれだけで十分だ。


 レストランで黙々とご飯を食べすすめるネクターさんが、グラスをあおるエンさんをじとりと睨む。

「ん? どうかしたか?」

「……いえ、どうしてエンが俺たちのテーブルにいるのか、疑問に思ってるだけですよ」


 やわらかな言葉遣いの奥に、チクチクと容赦なく生えそろったトゲが見える。

 エンさんは気にした素振りもなく、カラカラと笑った。

「久しぶりの再会だろ。昔話に花を咲かせるのも悪くないなと思って」

 ネクターさんのトゲをもろともしないあたり慣れているのだろう。


「お嬢さんが迷惑だっていうんなら、さすがに俺も遠慮するけど?」

「私はどっちでも! むしろ、私がお邪魔な気が……」

「いえ。お嬢さまはぜひそのままで。むしろ、ぜひそこにいてください」

「んじゃ、決まりだな」


 エンさんは、ひょいひょいと器用にお(はし)で皿の上の料理を取っていきながら、食事をすすめる。

 ネクターさんもそんな彼の言動には馴染みがあるのか、諦めと呆れを混ぜた息を吐いた。


「ん、これはうまいな」

「ベ・ゲタルのスパイスで紅楼(クロウ)の羊肉を漬け込んだものらしいですよ」

「ふぅん……紅楼(クロウ)のスパイスとは違って、果物の香りがするのが面白い。肉に合ってる」


 料理人らしい会話がいくつか続いた後、エンさんはふと手を止めた。

 観察するようにネクターさんを見つめ、それから私の方へとその視線を移動させる。


「なぁ、ネクターっていつもこんな感じ?」

「こんな、って?」

「黙々と食べてるのか? 感想もなしで?」


 私がうなずくと、エンさんは「そうか」と口ではいいつつも、腑に落ちていないようで首をかしげる。

「前は、もっと小うるさい(しゅうとめ)みたいな感じだったような気がするんだが」


「……いつの話をしてるんです。もう良い大人なんですから」

「そうか? 王城にいた時は、他人の料理にあれこれ口出ししてたろ」


「王城⁉」

 まさか、そんな単語が出てくるとは思わなかった。他人の料理にあれこれ口出しをするネクターさんも気になるが、それ以上に気になる。

 なんで、王城に二人が?


「知らないのか?」

「別に話す必要などありません。過去のことです」

「なんだよ、謙遜しなくていい。お前のすごさは今更だろ」


 エンさんは肩をすくめて笑う。冗談めかしているけれど、その目は本気だ。

 対するネクターさんは褒められているはずなのに、忌々しいと言わんばかりに目を伏せた。


「それって……詳しく聞いても、良いですか?」


 今まで教えてもらえなかったネクターさんの過去。私もそこに踏み込もうとはしてこなかった。

 けれど、それじゃダメだったのかも。ネクターさんともっと仲良くしたいと思うなら。


 私の踏み込んだ一歩に、ネクターさんは顔を強張らせた。エンさんだけが、私たちのやり取りには気づかず「俺はいいけど」とグラスをあおる。

 エンさんのグラスに入っていたお酒は紅楼(クロウ)のもので、そこそこ度数があったはずだけど。彼はお酒が強いみたいだ。


「……分かりました。では、少しだけ。エンなら、少しどころか全部喋ってしまいそうですが」


 ネクターさんがちびりとグラスに口をつける。エンさんと同じ、紅色のお酒がそこには入っている。

 普段、積極的にお酒を飲まないネクターさんも、さすがにこれはお酒を飲まないとやってられないみたい。


「お嬢さんは、こいつのこと、どこまで知ってるんだ?」

「えっと、確か十五で料理の修行を始めて、十八でテオブロマに拾われた、と。それから、十年間、テオブロマ家に勤めてくださって、料理長にもなって……。あ、そうだ! テオブロマの前の料理長にもお世話になったって、聞きました」


「なるほど。じゃ、その料理修行のころからだな」

「良いんですか?」

「……良いですが、あくまでも、過去のことですからね」


 ネクターさんはやけに『過去』を強調して、エンさんにバトンタッチ。その間も、あまり強くはないはずなのに、チビリ、チビリ、とグラスのお酒に口をつける。


「俺がネクターに合ったのは、十七の時。俺は紅楼(クロウ)の生まれで、今のお嬢さんみたいに修行と称して各国を回ってたんだ。いろんな国の料理が知りたかったし、シュテープにも行ったよ」


「その時にネクターさんと出会ったんですか?」

「そう。んで、コンテストで信じられないくらい叩きのめされたって訳。まあ、シュテープは全体的に料理人のレベルも高かったしな」


「ネクターさん、そのころからすごかったんですね!」

「すごかったも何も、レベルが違う。ネクターの料理は魔法そのものだった。出された料理と同じ味を再現する課題があったんだが、それはもう寸分たがわず同じ味だ」


「そんなこと出来るんですか⁉」

「普通は出来ないな。だから、ネクターはすごいんだ。ともかく、その時のコンテストの入賞者上位五名には、特別に王城の厨房で働ける権利が与えられた」


「それで、エンさんとネクターさんは王城に?」

「そういうこと。まあ、俺もすぐに紅楼(クロウ)へと戻らなきゃいけなくなって、一年そこらの付き合いだったけどな」


 エンさんはカラカラと笑って「あの時のネクターはすごかったぞ」と料理を口に運ぶ。しばらく堪能するように()みしめた後、

「こうやって、一口食べるだろ? そうしたら、あれがダメだ、これがダメだって。しかも全部的確なんだからさ」

 呆れたように笑った。


「おかげで俺は勉強になったし、こいつはすごいやつだって仲良く出来たけど。普通はそうはいかないからな。中々浮いてたよ」

「……もう、昔のことですよ」


 今のネクターさんからは想像もつかないけれど、なるほど、たしかに。これはネクターさんも話したがらないわけだ。

 何がこうなって、今のネガティブネクターさんが出来上がったのかは分からないけれど、お酒を飲んだ時にでる強気モードは、もしかしたら若かりし頃の名残なのかもしれない。


「今のネクターさんに会えて良かったかも、です……」

 私が冗談めかして笑うと、ネクターさんが困ったように眉を下げた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 遂にネクターさんの過去の一部が明らかにッ! 王城の料理人ッ!? しかも味を寸分違わず再現できる技量と舌を持ってるッ!? 既に色々と規格外なのですが……。 (゜Д゜)⁉︎ しかし一口食べる…
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