12.お目覚めすっきり! 朝ごはん(2)
ことり。
私の前に置かれたパンやスープ、サラダ、それに季節のお魚のクリーム煮は、どれも今すぐ食べてと言わんばかりだった。
香りはもちろんのこと、彩りもばっちり。
お屋敷で食べていたお料理にも引けをとらない豪華さだ。これでメインディッシュ以外のおかわりも自由なんて!
決して高い宿ではない、と料理長は言っていたけれど、本当かな。
「中々良い朝食ですね。質もいい」
テーブルに並んだお料理を隅から隅まで品定めしていた料理長も満足したらしい。「いただきましょう」と食前の挨拶を促す。
「「我らの未来に、幸あらんことを」」
両手を組んで、今日一日が良い日になりますように、と祈る。
たくさんの幸せを運んでくれるお料理にも感謝して。
まずはそっとスープカップを持ち上げる。
ちゃぷ、と飴色の小さな湖面が揺れて、ふわり。優しい香りが湯気と共に漂った。
薄切りにされた透明なオニオンが楽しそうにスープをたゆたう。
一口。
スープの豊かな風味に、玉ねぎの甘みが体に染みわたる。全身がちょっとずつ目覚めていくような感覚に身をゆだねて、しみじみとその味を感じる。
料理長が出してくれるものもおいしかったけれど、ここのスープもおいしい。でも。
「お屋敷で飲んでいたものよりは、あっさりしてる感じがします。なんでだろう」
シンプルな味付けだし、入っている具材だって同じに見えるのに。
「僕らがお屋敷で出していたものは、グリフォンやコカトリスといった魔物のブイヨンを使っていることが多かったものですから。普通の牛や鳥に比べて、味が濃厚なんです」
「へぇ! 魔物の方がおいしいんですね! 意外です!」
「おいしい魔物もいる、ということですよ。すべてがそうではありませんから」
「おいしくない魔物も食べたことがあるんですか?」
「……ありますね」
一拍置いて遠い目をした料理長を見るに、どうやらよほどおいしくなかったのだろう。
ちょっと気になるけど、どうせならおいしいものが食べたい。
「お嬢さまは、あっさりとしたお味はあまりお好きではないのですか?」
「ううん。このスープもすっごくおいしいです! 玉ねぎの味がしっかりしてて!」
料理長のお料理はもちろんとってもおいしいけれど「おいしい」にだっていっぱい種類がある気がする。
一番なんて決められないし。
「もちろん、料理長のスープも大好きです!」
一番大切なことを伝えていなかった。付け足したみたいになっちゃったかな、と料理長を見ると、彼はあからさまに動揺しつつ「ありがとうございます」と口早に答えた。
料理を褒められることも照れちゃうみたい。料理長なのに。
十個も年上って聞いたときはびっくりしたけど、なんだか言動が可愛らしくて、イケメンって何しても絵になるんだな、なんて思っちゃう。
料理長、罪深き男だ。
「料理長、サラダのお野菜ついても教えてください」
「野菜についてって……あぁ、なるほど」
料理長は、自らのサラダボウルの中に入っていたヴィニフェラをついとフォークで刺して持ち上げた。
「野菜ではなく、フルーツですが」
半分に切られたその断面から、みずみずしい果汁が滴る。
「私、ヴィニフェラって紫色の方が甘くて好きなんですよね」
だから、緑の実が入っていて、ちょっとだけ残念だなって思ってしまった。
けれど。
「ヴィニフェラは今が旬ですから、緑の実もあまり渋くはないかと」
料理長はそう言って、ひょいと口へほうり込む。
「え! 緑って、まだ熟してないから緑なんじゃないんですか⁉」
「いえ。緑のものは、熟しても緑ですよ」
「ほぇぇ! ヴィニフェラって、てっきり緑の実が熟して、紫の実になってるんだと思ってました! 緑の実は夏によく見る気がするけど、紫の実は秋って感じじゃないですか?」
「実際、味があまりにも違うので、実の色で分けて出荷しますからね。そう思ってしまうのも無理はありません。緑の方が爽やかな味わいで夏に好まれるので、紫の実よりも早めに流通させるんですよ」
「でも、紫色の方だって甘くておいしいから、夏に出しても良くないですか?」
「紫色の方も、夏はまだ熟しきっていなくて渋みがありますよ」
「そうなんですか⁉」
「えぇ。夏に収穫する際は、緑の実をフルーツとして流通させ、余った紫の実でワインを作るんです」
「じゃあ、秋は紫がおいしくなるから、紫をフルーツとして流通させてるってこと?」
「そうですね。逆に、緑の実は渋みが抜けてくるので、やはりワインとして使います。飲みやすくてすっきりとした味わいになるんですよ」
「同じ房に違う味の実がなるのって、色々使えて便利なんですね」
「昔から、ヴィニフェラはそうやって人間を助けてきた植物なんですよ」
そうやって教えてもらうと、緑の実はあんまり好きじゃない、だなんて言ってられない。
すごいじゃん、ヴィニフェラ!
私も料理長を真似して、緑色の実を口に運んでみた。
草の香りが鼻に抜け、続いて、爽やかな渋み。えぐみはなくて、確かに思っていたよりも食べやすい。
ヨーグルトソースの自然な甘みと酸味も、緑の実によくあっている。紫の実だともっと甘くなって、サラダというよりはデザートみたいだし。
「確かにおいしいです!」
「緑の実をこうして秋に食べられるのは珍しいですから、良い経験になりましたね」
料理長の言う通りだ。
普通はワインになっちゃう実を食べるなんて、よく考えたら超レアじゃん!
私が魔法のカードで写真を撮ると、料理長はクスリと微笑んだ。
「お嬢さまに、ヴィニフェラを気に入っていただけて嬉しいです」
「料理長のおかげです!」
「大げさですよ。パンもおいしそうですし、メインもいただきましょう」
料理長はさらりと謙遜してみせて、パンののったお皿とメインディッシュを手前へと引き寄せる。
「いよいよメインですねっ!」
思わず声のトーンが上がってしまう。
季節のお魚のクリーム煮。
先ほどから、湯気がふわりふわりと立ち上っていて、実はずっと気になっていた。
クリームの良い香りはもちろんだが、季節のお魚が一体何なのか、早く食べて確かめてみたい。
チーズに隠れているお魚からは、その全貌が見えてこないのだ。
そうだ!
「料理長、クイズです!」
「クイズ?」
「このお魚、なんでしょう!」
「……また感想から当ててみよ、ですか?」
「ピンポーン! じゃぁ、いただきまーすっ!」
料理長が色々と言う前にパクリ。
私はお皿にスプーンを差し込んで、熱々のクリーム煮を口へ運んだ。




